- 2006年4月 9日 01:50
- ヨーロッパ
前編の続きです…(写真はベルサイユ宮殿)
ジョンさんと出会ったのは入学3週目の一番下のレベルのクラスでした。最初の頃は正直、ジョンさんとコミュニケーションをとるのが苦手でした。歳も離れてて、韓国人特有の発音(“ざじずぜぞ”が“じゃじぃじゅじぇじょ”になる)も苦手でしたし、学校で勉強してた頃はアジア人同士(特に日本人同士)でフランス語を話すのが嫌でした。
とある週末にベルサイユ宮殿へ同じクラスの生徒6人(ジョンさん含む)で行ったときも、唯一の西洋人イネス(イネスは発音が綺麗)となるべく積極的に話そうとしてたら、ジョンさんがイネスと自分をくっつけようと、必要以上に気をつかったり(そういう気は全然なかったのですが…)、授業でもジョンさんだけ一人違うことをしてたりと、ため息の出ることが多かったです。ジョンさんは発音こそあまりよくなかったですが、異常に単語は知ってました。ある日知ったのですが、ジョンさんは家に届いた手紙、家電製品の説明書など、わからない単語はすべて辞書で調べてたのです。これは当たり前のように聞こえますが、なかなか難しいことです。すごく努力家でした。二児の母であり、40代半ばのジョンさんが単身パリに留学すること自体がすごいことだったと思います。ジョンさんは確か語学学校に3~4ヶ月通ってたのですが、最初はできるなら敬遠したいと思ってたのに、ジョンさんが学校を辞める頃にはジョンさんのことをとてもいい人だと思うようになってたのです。特によく話してたわけではないのですが、ジョンさんのあたたかい人柄、懐の広さが伝わってきて、いつしか尊敬するようになってました。
ジョンさんの最後の授業の日、自分はジョンさんに手紙を渡しました。ジョンさんはとても喜んでくれて、自分にも後日手紙をくれました。とてもあたたかい内容でした。そしてパリを離れる前にジョンさんから電話があり、「最後に二人で飲みに行こう!」と誘ってくれました。
「タカヒロはすばらしい思うよ!私がもう少し若かったらねぇ…それに私には旦那と息子がいるからダメだけどね。あはは(←おばちゃん口調)」
…こんな感じで、最後に二人で飲んでとても楽しかったです。
パリであと2~3年勉強して、ソウルでお店を開くと意気込んでたジョンさん。いつも笑顔でとてもかわいらしい人でした。
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