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ヨーロッパ Archive

赤いスワン

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お店を始める前、ヨーロッパに1年住んでたのですが、行く前は「ヨーロッパの文具はデザインの良い物が多そうだなぁ」と勝手に想像してて、実際行ってみると(最初の約半年間はパリでした)全然良い物がないんですよね。あまりに何も無くて(特に品質が悪い気がする)、日本から文具一式を送ってもらったり、パリまで来てわざわざ日本よりすごく高い無印良品(MUJI)でノートを買ったりしてました。そういえばヨーロッパにいた時に、日本で買ったボールペンや、何の変哲も無い修正テープを見て「それすごく欲しい!」と外国人に言われたことがあります。
それでもドイツへ行った時に見つけたSTABIROのペンセットはわりとお気に入りで今でも愛用してます。旅の途中で知り合った外国人に「これベルリンで買ったんだ」といってペンセットを見せた時、「ドイツは工業国だから、そういうのは優れてるね」みたいな反応だった気がします。逆に、フランスに住んでる時、野菜や果物の値段が安くて、「フランスは農業国だから...」と言われたこともありました。

STABIROのペンセットですが、写真の真ん中の20本が昔ドイツで買ったもので、両端のペンセットは先日空港のお土産売り場で買ったものです。LOFTなんかでもSTABIROの文具を売ってるのを見かけたことがあるので、日本でも手に入るモノかもしれません。

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STABIROは品質もわりといいと思うのですが、ロゴや白鳥のマークも好きです。最近は鉛筆を使う機会があまりないにもかかわらず、この赤いスワンが欲しくてついつい買ってしまいました。
ちなみにこの鉛筆削りはミニストップで買いました。

赤い鳥といえば「翼をください」を思い出しました。合唱コンクールの曲の印象が強いですが、原曲はとてもかっこいいですね。

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キューケンホフの後

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キューケンホフ公園を出た後、少し時間があったので、デ・ハール城というお城を見に行ってきました。キューケンホフは花がいっぱいでとても見ごたえがあるのですが、少し観光地すぎて疲れました。その点、デ・ハール城はそれほど人も多くなく、のんびりした雰囲気でした。
最初の写真は城の入り口の門のところにあった絵です。かわいいですね。

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城の中はガイドによる案内(1時間に1回)を申し込まないと入れなかったので、お城の外の庭園のみ散策しました。一部補修工事をしてたのでお城の裏側はあまり良い写真が撮れませんでした。

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学校や地区の行事か、子供たちの団体と引率する大人の集団が何組かいた気がします。写真はありませんが、焚き火の中に細長い木の枝の先に小麦粉か何かを巻きつけて焼いて食べてました。自分もチャレンジしてみたかったのですが、子供たちの団体の中に入り込めませんでした...。

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子供たちは走り回ったり座っておしゃべりしたり、みんなそれぞれでしたが、この子はひとり離れた場所で何かを摘むのに夢中になってました。あまりにかわいくて隠し撮り。花を摘んでたのではなく、虫を捕まえようとしてただけかもしれませんが...。

仕入れのために海外に行くとなかなか気持ちに余裕がなくて落ち着けないのですが、たまにはこういうとこに来るのもいいものだなぁと思いました。

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チョコふりかけ

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オランダへ行く前に色々オランダのことを調べてたのですが、「hagelslag(ハーゲルスラグ?)」というチョコのふりかけが人気とのことで、これは絶対お土産(自分用)に買って帰ろうと思いスーパーで探しました。スーパーには意外にもカラフルなhagelslagが置いてあったのですが、ここは一番高級そうなパッケージのこれを買ってきました。安いので1.8ユーロ、高いので2.4ユーロぐらいだったと思います。それで、味のほうはどうだったかというと、予想通り微妙でした。なんというか、海外のチョコ独特の甘さで、これなら普段使ってるチョコホイップ(キユーピー)のほうが好みです。そもそもこの写真だと、トーストしてないパンに乗せてるのでいいのですが、基本的にパンは薄切りの物をかなり良く焼くのが好みなので、このふりかけ状のチョコは非常に食べにくいんです。
あと食べ物のことでのちょっとした失敗談を2つ。ひとつは昔オランダで、牛乳と思って買ったのが砂糖の入ってない飲むヨーグルトのようなものだったことです。牛乳と思い込んで飲んだので、口に入れた瞬間吹き出しました。その飲み物が何だったのか今までわからなかったのですが、どうやら"karnemelk"というチーズを作った時にでる水分だったようです。牛乳はオランダ語でmelkなので、karnemelkも牛乳だと思って買ったんじゃないかと思います。
あとひとつはビン入りのオレンジジュースを毎日飲んでて、成分が分離してるのでよく振って飲んでたのですが、中に炭酸入りのがあったのです。当然フタを開けた瞬間ひどいことになりました。ミネラルウォーターの炭酸入りは見分けがつくのですが(ペットボトルを押してみると、炭酸入りは圧力がかかってて硬く、炭酸なしはやわらかい)、ビン入りのジュースはパッと見ではわかりません。これからはこの失敗を生かし、よくパッケージを見てから買おうと思いました。
海外のスーパーは日本人の発想には無いものがあったりして面白いですね。でもやっぱり日本人なので、日本の食べ物が一番です。

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オレンジの箱

オランダへ行った時、下の写真に写ってるオレンジの箱を手に入れました。

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柄と色に惹かれて買ったこの箱、"MADE IN HOLLAND"と書いてあるので、輸入された物ではなさそうです。何を入れる箱かというと...

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靴の補修用品を入れる箱のようでした。中の靴クリームなどは日本で買った物を入れてます。気に入った靴は手入れをして一生履き続けたいと思ってるので、なるべくこまめにメンテナンスをしてます。お気に入りの靴を並べて磨いていき、綺麗になってく様を眺めるのは幸せな気分に浸れます。
ちなみにこの箱と同じ色、柄で違う形の物を見つけたのですが、横に長い四角い筒型(フタ付き)で4本足が付いてました。何を入れるのか不思議に思い、売ってたお店の人に聞いてみると「ケーキを入れる物だ」と言われました。パウンドケーキみたいな物を入れる容器だったみたいですが、靴の補修用品入れとはかけ離れたものだったので意外でした。

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ネットで調べてみたところ、「brabantia(ブラバンシア)」というメーカーで、今でもシンプルでデザイン製の高い雑貨や家電、キッチン用品を作ってる有名な会社のようです。ケーキ入れは使い道が思いつかず買ってこなかったのですが、やっぱり買っておけばよかったなぁと思いました。

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謎のコイン

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以前、「ポケットの中には...」という記事で古着のポケットの中から出てきた物を紹介したのですが、ヨーロッパの服(実は服だったか、バッグだったか忘れてしまったのですが)からこんな物が出てきました。
拡大するとこんな感じです。

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見つけたときは何かゲームのコインとかじゃないかと思いました。10という数字にイカ。このシュールなデザインのコイン、実はアイスランドの本物のお金でした。色々調べてみると、アイスランドのコインは魚や蟹などが描かれたデザインが多いようです。イカの足が10本なのと、この10は関係あるのでしょうか。
ちなみに1アイスランドクローナ=100オイラルらしいのですが、今はオイラルはまず使われないとのことです。この10オイラル、意外とレアなのかもしれません。

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缶入荷

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以前ヨーロッパへ行った時、古いビスケットの缶を買ってきてボタンやちょっとした小物を入れるのに使ってたのですが、お客さんからたまに「そういう缶が欲しい」と言われてたので、今回少しばかりお店にも並べてみました。大きい物から小さい物まで、いろんな形の物があります。
古い缶ってやっぱりかわいいですね。何を入れようか迷ってしまいます。日本の古い物もかわいいですが、海外の物はまたちょっと雰囲気が違っていいなぁと思います。

ヨーロッパで買い物をしようと、お店の駐車場に入る時に車の前をネコがゆっくり横切ってたので、少し待ってると、椅子に座ってひなたぼっこをしてる飼い主夫婦と目が合いました。車をとめ、その夫婦に「写真を撮っていいですか?」とお願いすると、「もちろんOKよ!で、ネコを撮りたいの?」と聞かれたので、「お二人とネコを両方」と答えました。

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ネコの名前はトムというようです。奥さんのほうはトミーと呼んでました。けっこう人懐っこい性格で、自分のほうにも警戒せず顔を摺り寄せてきました。写真でもちょっとわかると思うのですが、結構太ってます。甘やかされてかわいがられてるんだろうな~と思いました。

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ネコがいるとついつい写真撮ってしまいますね。甘えん坊だが落ち着かずマイペース。やっぱりネコはいいですね。ちなみにネコの置物も沢山買ってきました。

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そんなトムそっくりの缶もありました。側面はピンドットの模様になってると思いきや、模様のひとつひとつがネコの足跡の形をしてました。
缶はほとんど一点ものです。お部屋のアクセントにおひとついかがでしょうか?

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chinese characters

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最近、エビスの限定醸造の白「シルクエビス」が特にお気に入りです。黒も時々飲みたくなるのですが、白は雑味がないのにすごくしっかりした味で、飲み口があっさりしてるのでついつい飲みすぎてしまいそうになります。

話は変わりますが、ヨーロッパに限らず、海外に行って自分の名前を外人の前で書くと(主にクレジットカードのサインの時)、「Beautiful !!」みたいな反応がよく返ってきます。今回も何度かそんな反応があったのですが、とあるガソリンスタンドへ行った時「私の名前も漢字で書いてくれる??」と、従業員の女性に頼まれました。発音の難しい名前だったらどうしようと思いつつ「もちろんOK!」と答えると、彼女は名前を紙に書き始めました。彼女の名前は「Sandra」。とりあえずなんとかなりそうだったのでほっとしたのですが、漢字といっても沢山あるので少し悩み、結局「参度羅」と書いて渡しました。Sandraはとても喜んでくれたのですが、もし「この漢字にはどういう意味があるの?」と聞かれたらなんて答えたんだろうと後で考えました。「3 times ~」とか「3 degrees ~」とか浮かんだのですが、羅は説明できる自信がなかったです。
最近はパソコンや携帯で文章を書くことが増えましたが、こういうときも綺麗な字が書けるといいですね。もう少し余裕があれば習字教室にでも通ってみたいのですが。

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花の写真を撮りに

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オランダで一度はキューケンホフ公園に行ってみたいと思ってたので、少し時間をとって行ってきました。行くのを予定してた日の天気予報は雨でしたが、曇り時々晴れでなかなかの良い天気でした。朝10時過ぎに到着したのですが、駐車場には結構沢山車が入ってました。ゲートをくぐると、まずはオランダの民族衣装らしき服に身を包んだとてもかわいい方がパンフレットを売ってました。オランダ人の平均身長は女性で170cmぐらいと言われてるのですが、その売り子さんもとても背が高かったです。かわいかったので、写真も撮らせていただきました。

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さすがに観光地だけあって、ものすごい花の種類と量でした。比較的空いてた午前中にまわったのでゆっくり見れたし、行ってよかったと思うのですが、やはり人の多い場所は苦手です。
ちなみに2枚目の写真はちょっとわかりにくいかもしれませんが、オランダ名物の「Broodje Haring(ブローチェ ハーリング)」です。ハーリングとはニシンの塩漬けや酢漬けで、この生のニシンをパンにはさんだのがブローチェ ハーリングなのです。何度かオランダには行ってるのですが、どうもこれを試す勇気がありません。ハーリングだけなら今度挑戦してみようかと思ってるのですが...。

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次の写真はイチゴに生クリームがたっぷりかかったものです。
こっちのは普通に美味しそうでした。海外で食べるイチゴって日本のイチゴとちょっと違いますよね。なんというか、野性味溢れる味です。

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池の中を歩けるように足場が作ってありました。自分もこれを歩いてみたのですが、反対側から来た人とすれ違う時は少し緊張します。足場は水面に浮いてるわけではなく、しっかりしてるのでわりと大丈夫でした。
なんとなく撮ったこの写真ですが、右上のほうを拡大してみると...

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なかなかいいタイミングでシャッターを切れたようでした。
キューケンホフで撮った花の写真を載せようと思ってたのですが、沢山ありすぎて変な写真ばかり選んでしまいました。キューケンホフ以外にもちょっと興味のあったお城を見てきたのですが、そっちのほうが人も少なく、楽しめた気がします。またその写真はいつかアップしようと思います。

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オランダが呼んでいる

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人生の中で運命的なものを感じる時が何度かありました。古着屋をやろうと決めた事、メトロポリタンのオープン、そしてオランダにも何か運命的なものを感じ、今回行ってまいりました。
メトロポリタンは2004年の4月29日にオープンしたのですが、その年の3月に契約し、4月で都合の良さそうな日にオープンしようと決めてました。契約直後は全く内装のイメージも決まっておらず、たまたま「コレを使おう」と思って集めてた物が緑ばかりだったので、イメージカラーを緑にし、全部緑で統一することにしたのですが、オープンした日がなんと「みどりの日」(現在は昭和の日)だったのです。

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オープンしてから手に入れた上の写真のテーブルクロスとチューリップランプ。これらも勿論、緑で統一されています。緑だったから飾ったこのふたつ。両方ともチューリップだということに最近まで気付いてませんでした。そしてオランダと言えばチューリップ。これほどチューリップに縁があったとは運命を感じざるをえないと思いました。

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チューリップの咲く時期に行けたのも幸いでした。
大変なことも色々ありましたが、行ってよかったなぁと思います。

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北欧60S

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最近ふと、昔買ったCDを思い出し聴いてみました。フィンランド、スウェーデンを旅してたときに現地でしか売ってないような60sのCDを買おうとコンピやらを適当に買い漁った時のものです。たしかスウェーデンの後のデンマークで買ったSavage Roseというバンドにはまってたので、他のCDをあまり聴きこまず棚にしまってあったのを思い出したのです。

なんとなくジャケの雰囲気とかIDOLERNAって書いてあるし、アイドルか何かだろうと思いこれらを選んだのですが、今聴いてみると結構聴ける曲があってなかなか良かったです。これらのCD、AmazonやらHMVで探してみたのですが、どうも取り扱ってないようです。そもそも北欧の60年代の音楽事情があまりわからず、情報もはいってこないのですが、HEP STARSというのだけは聞いた事があり、さすがに有名なだけあって聴きやすい曲が多かったと思います。

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その中でも一押しなのはこの「SVENNE & LOTTA」です。このSVENNE & LOTTAとHEP STARSのことをネットで調べてみたのですが、SVENNEはHEP STARSのリードヴォーカルで、キーボードのBENNYは後のABBAのメンバーだったんですね。全然知らなかったです。

ABBAのBennyが作曲?もしくはABBAとのコラボでしょうか。こんな曲を見つけました。ちょっと子供っぽい高い声(これがまたかわいい!)がLOTTAです。こういう声には弱いです。いかにもABBAな曲ですね。

手持ちのCDには1966~1969の曲が収録されてるのですが、YouTubeで検索すると1970年代以降の動画ばかり出てきます。上の動画もそうなのですが、やっぱり60sと70sはちょっと雰囲気が違うんですよね。70sも嫌いではないのですが...。

北欧の60年代の音楽に詳しい方いましたら、是非ご教授願いたいです。

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マレで食べたピザ その2

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マレ地区というのはホモセクシャルの人が集まる地区でもあります。ゲイやレズビアンのためのお店もいっぱいあり、町を歩くカップルにも多いです。パリに行く前はホモセクシャルについて特に考えたこともなく、何の考えも持ってませんでした。パリに行き、人前でも普通に同性同士で愛し合う人たちを見て、なんというか不思議な感じでした。偏見はなかったのですが、日本ではほとんど見なかったことなので新鮮ではありました。
ある時、語学学校で日本人の友達を通してドイツ人のレズビアン“I”と知り合いました。Iとその日本人の女の子は同じホームステイ先でとても仲良くしてました。そのIのガールフレンドがIに会いにパリに来るというので、自分も誘われ(当時、その日本人の女の子はあまり仏語が話せなかったのもあり、半分通訳として)、4人でピザを食べに行きました。Iのガールフレンドはドイツ語しか話せなかったので、なかなか思うように話せなかったのですが、とてもいい子で楽しかった覚えがあります。ピザも食べ終わり、そろそろ会計をしようと、ギャルソン(ボーイさん)を呼ぼうと椅子に座りながら振り向いて手を挙げてこっちに気付いてもらおうとしたのですが、忙しかったようでなかなか気付いてもらえません。なんどか試みてるとちょうど後ろのテーブルに座ってたかわいい女の子と目が合ってウインクされました。自分もその子に軽く微笑みかけて再度ギャルソンを捕まえようとしますが、それでもなかなかつかまりません。さらにギャルソンを探してると、また後ろの子がウインクしてきます。すごくかわいい子だったのでなんだか嬉しいなぁと思ってたらIが言いました。

「あの子はレズビアンだわ。私にはわかる」

レズビアン同士、そういうのはわかるのでしょうか。マレ地区だし、たしかにその可能性は高かったかもしれません。
あのウインクはなんだったんでしょうか…。

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マレで食べたピザ その1

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先日、パリに行く前(2001年頃)に買ったガイド本を久々に読んでて、マレ地区のことが書いてあり、懐かしく思いました。パリのマレ地区は中心から少し東のパリ4区。自分が住んでた11区の隣で歩いていける距離にありました。マレ地区にはお洒落なスポットが沢山あり、とても人気が高いです。マレ地区にある、とあるピザ屋にちょくちょく行ってたのですが、すごくおいしいピザ屋なので仲良くなった人と行った思い出が多いです。
スペイン人のA(君)とは語学学校のクラスが同じになって知り合ったのですが、すごく爽やかな好青年でした。授業で「クローン人間についてどう思うか議論しなさい」というテーマがあった時、彼はとてもアツく語り、授業が終わった後でも「実際どう思う?俺は・・・」とかなり熱心に語ってた覚えがあります。彼とホームステイ先が同じの日本人がいたのもあってか、よく一緒に遊びました。Aがもうすぐスペインへ帰るという時、うちに招待して手作りのカレーを振舞いました。カレーは得意料理なのですが、スペイン人の口に合うか心配でしたが、「おいしい!」といって食べてってくれました。
そして後日、学校帰りに街をぶらぶらしてて、「おいしいピザ屋があるから行こう」と言ってマレ地区のピザ屋にいきました。少々値段が高めでボリュームたっぷりのピザはとてもおいしかったのですが、Aに「どう?」と聞くと、彼は言いました。

「すごく美味しいが、タカヒロの作ったカレーはもっと美味かった」

この時ほど嬉しかったことはありません。Aはほんとにいいやつでした。

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イタリア旅行記 その3

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フィレンツェで有名なベッキオ橋。

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フィレンツェの総菜屋で買ったリゾットとフライドポテトとクレームブリュレ(プリン)。ポテトは冷凍でない生のジャガイモを揚げた味がしました。川辺での食事もなかなか楽しかったです。

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この動物、なんなんでしょうか。ネズミ??橋の上から川を眺めてると、よくコイツが川に潜って泳いでました。

今日はこのへんで。

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イタリア旅行記 その2

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イタリア旅行をした友人2人に「どの町がよかった?」と聞いたところ、一人は「ナポリ」、もう一人は「ベネツィア」と言いました。自分は両方とも行ってないのですが、フィレンツェが好きでした。
デジカメで撮った写真を見てもフィレンツェの写真が圧倒的に多いです。さすがは花の都。
上の写真は展望台から撮ったものですが、宿泊してたユースホステルから結構遠くて、行き道だけでかなり疲れてしまったので帰りはバスに乗りました。

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バスに乗ったものの、どうも行き先の違うバスに乗ってしまったようで、あらぬ方向へ曲がっていきました。特に急ぎの用事もないし、まぁいいかと思って適当に降りたバス停の近くになかなか興味深い店を見つけました。

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この骨董屋のようなリサイクルショップのような店内には面白そうなモノがいっぱいあったのですが、その中でこのバッグを見つけました。実はコレ、バッグではなくて双眼鏡入れなんです。もちろん双眼鏡も入ってました。この双眼鏡入れに一目惚れしたのですが、思ったより値段が高くてしばらく悩んだ末、買わないと後悔しそうだったので買いました。この双眼鏡、第二次世界大戦時にスイス軍で使われていたもののようで、底面に“1942”と刻印されています。革の状態も相当よく、すごく気に入りました。
ちなみに同じ店にGUCCIのランチボックス(ステンレスのランチボックスが革製のケースに入ってました)も売っていたのですが、こちらは相当高かったので値段を聞いてすぐあきらめました。

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さっそく双眼鏡ケースを旅のお供に。
そしていつもおやつはリンゴでした。

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イタリア旅行記 その1

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※ミラノ駅

渡欧してからフランスの次に訪れた国はイタリアでした。パリの語学学校でフランス語を習ってた時、フランス人と同じラテン系の学生(スペイン、イタリア、ポルトガル)がものすごくフランス語の上達が早くて、彼らは「同じラテン系の言語だから、ちょっと置き換えれば喋れる」というような事を言ってたので、ある程度フランス語を話せる自分ならイタリア語も結構いけるんじゃないか?と思い、パリ→ミラノの7時間とミラノ→ローマ5時間の電車の中、イタリア語を猛勉強しました。折り返し地点のローマあたりで気づいたのですが、イタリア語で少し言いたいことが言えるようになったとしても、相手から返ってくるイタリア語が全くわからず、次の旅(北欧ルート)の為にも英語を勉強しとけばよかったと後悔した覚えがあります。どこの国へ行くにしても、挨拶程度は現地語でできたほうがいいんですけどね。

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※スフォルツェスコ城

イタリアへ行った感想といえば、とにかく料理がおいしかったです。日本人の口に一番合う外国の料理はイタリアンじゃないかと思えるほど。パスタなんかはイタリア以外の国で食べてもあまりおいしくないです。朝食は大体BAR(バール)でエスプレッソとブリオッシュ。比較的物価が高いと思われるミラノでもカフェ(エスプレッソ)が1杯1ユーロしませんでした。PIZZAも店によっては量り売りになってて、とても安くておいしかったです。ただ、全体的にオリーブオイルがたっぷり使われてるせいか、ちょっとくどいです。

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※バチカン市国

わりとブログでは楽しかった事を書いてるのですが、正直このイタリア旅行は前半とても辛かったです。後半になって気の合う日本人と知り合い、少し気が楽になったのですが、旅の途中、いろんな場面で自分の未熟さを痛感させられました。でもそんな時、イタリアへ行く直前に語学学校で知り合った日本人の方(当時68歳)に頂いた手紙を何度も読みました。その手紙の中に書いてあった「苦しみなくして成功はない」という言葉にすごく励まされたのを覚えてます。
今なら当時よりも少し気持ちに余裕があると思うので、もう一度イタリアへ行ってみたいです。

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旅の足跡

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今から5年ほど前、半年間パリに住み、残りの半年はヨーロッパを放浪して過ごしてたのですが、今日までその放浪の旅の思い出をブログにちょくちょく書いてきました。
どんなルートだったかを簡単にまとめてみようと思います。

1.パリ(仏)→ミラノ(伊)→ローマ(伊)→フィレンツェ(伊)→ミラノ(伊)→パリ(仏)
2.パリ(仏)→飛行機でヘルシンキ(芬)→船でストックホルム(瑞)→コペンハーゲン(丁)→ハンブルク(独)→ベルリン(独)→ケルン(独)→アムステルダム(蘭)→アントワープ(白)→ブリュッセル(白)→パリ(仏)
3.パリ(仏)→ロンドン(英)→パリ(仏)

パリにステュディオ(部屋)を借りてたので、パリを拠点に旅をしてたのですが、主に2のルートのことをブログに書いてきました。フランスを漢字の当て字で仏蘭西と表記し、仏と略されるのはわりと有名だと思いますが、フィンランド(芬蘭)、スウェーデン(瑞典)、デンマーク(丁抹)、ベルギー(白耳義)は調べて初めて知りました。国名の当て字は難しい・・・。

旅(主にバックパック旅行)をしたことのある人ならわかると思いますが、その場で出会った人達との思い出がその都市の印象に大きく関わってくると思います。あまり何もないとこでも、良い出会いがあればとても楽しい思い出になると思います。もちろん逆もありますが。
1と3のルートに関してはまだこのブログで書いたことないので、明日にでも少し書いてみようかと思います。

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Vacances-Travail Visaのススメ

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※写真はエッフェル塔からの眺め

今から5年ちょっと前、ヨーロッパ古着のことがもっと知りたくて、1年間ヨーロッパ(パリ)に住もうと渡仏したのですが、何故フランス(パリ)を選んだか?というと、実はたまたまビザが取れたからなんです。当時、海外旅行すらしたことなかったので、ヨーロッパで古着がありそうなイメージの都市といえばロンドンかパリが思い当たり、ビザのことを色々調べてフランスのワーホリビザの申請をしたらたまたま通ってしまい、渡仏したというわけです。ワーキングホリデーのことを知らない方もいると思うので簡単に説明しますと(詳しくはWikiでも。)、「学校に通うこともでき、就労も許可されてる1年間滞在可能なビザ」です。国によって条件はまちまちですが、青年を対象としているので、年齢制限があるのも特徴です。現地で働いてお金を稼ぐことができれば、少ない元手で長期間の滞在も可能なので人気が高いビザです。特にイギリスとフランスは人気が高く、フランスは毎年6倍ぐらいの応募倍率らしいです。応募には志望動機を書いて大使館に送るのですが、志望動機は日本語でもフランス語でも英語でもOKのようです。自分はもちろん日本語で書きました。フランス語は全くできなかったので。
志望動機を書く時のコツというか、気をつけたことと言えば・・・

・渡仏の目的を簡潔に書く(だらだらと長文で書かない)。
・就労の意思を示す。
・渡仏予定の時期をはっきり書く。
・渡仏予定の時期をすいてそうな時期にする。

こんな感じで書きました。実際、フランス語が全くできないのにフランスで働くとすればどうしても日本人相手の仕事が多いです。VTビザで渡仏したにもかかわらず、自分は1年間貯金で暮らしてたので、全く働いていません。このブログを読んでくださってる方でワーキングホリデーの資格がある(20代?)方なら是非海外に行ってみることをお勧めします。異国の地で生活する刺激、また何か目標を持ってがんばってる人に沢山出会えた1年間はかけがえのない思い出です。

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メトロでSUBWAYを思い出す

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パリに住んでた頃、ふとメトロ構内の映画のポスターを見たらなんだか女優さんがすごくかっこよかったので写真に撮っておきました。あとで見てみると、この女優さんは「Isabelle Adjani(イザベル・アジャーニ)」でした。この写真は2002年のものなので、お歳を計算してみると、なんと47歳!おどろきです。

そういえば、イザベル・アジャーニが出演してる映画のDVDを1本持ってます。日本ではわりと有名な映画監督(フランスでは知らない人が多かった)リュック・ベッソンの「SUBWAY」という映画です。この映画、世間で評判がいいのか悪いのかよくわからないのですが、自分は結構好きです。なんというか、大作にはないB級くささ(失礼)が妙に惹きつけられます。映画を大して観ないくせに好みはB級寄りなので、あんまり胸を張って人に勧めることができないんですが。
ちなみにこのSUBWAYにはレオンなんかに出てるジャン・レノも出てます。この映画の中のジャン・レノがまたちょっとイケてない感じがしてよいです。
SUBWAY結構好きだよ!という人いたらまた教えてください。むしろお勧め映画など教えていただきたいです。

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ブリュッセルで観光 その2

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小便小僧というのはいつどこで知ったのか覚えてないのですが、なんとなくベルギーにあるってことは知ってました。特別興味があったわけではないのですが、旅の終着点に近づいててヒマをもてあましてたので観に行ってきました。小さな小便小僧のまわりは多くの観光客でにぎわってました。そして小便小僧の衣装が展示されてる博物館もありました。世界各国から小便小僧へ衣装が送られてて、確か日本から送られた衣装も展示されてたのですが、それを観て「あぁ、なるほど」って思ったことしか覚えてません・・・。日本からどんな衣装が送られたか、日記に書き残してなかったんですよね。いつかこのブログを読んでブリュッセルに行く方(すでに行って覚えてる方)がいましたら、何だったかこっそり教えてくださいね。小便小僧は現地では「manneken pis(マネケン・ピス)」と呼ばれてるのですが、マネケンのワッフルの箱に小便小僧の絵が描かれてるのはこれだったんですね。

ガイドブックを読んで初めて知ったのですが、小便小僧ならぬ小便少女というのもありました。ヒマだったので一応観に行ってみるかとガイドを片手に探してたのですが、なかなかそれらしきものは見つかりませんでした。それらしきあたりを歩いてると、細い路地へ人が入ったり出たりしてたので、その路地の奥へと行くと、いました。小便少女(写真ピンボケ気味)が。小便小僧のほうとは違い、周りには2~3人いただけでした。何故あんなとこにあるかはわかりませんが、とにかく目立たないとこにあります。
少女のほうには衣装コレクションはないようですね・・・。

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ブリュッセルで観光 その1

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ブリュッセル滞在時の写真を見てると、観光ばかりしてた気がします。自分のつけてた日記を読み返すと、「昼間は3℃もあって、わりと暖かく感じた」とか書いてあるのですが、冬の旅行だったのでよっぽど寒かったんだろうなと思いました。
この写真なんですが、ブリュッセル滞在中に「ミニヨーロッパ」というテーマパークへ行った時のものです。自分のメモでは“BRUPARC”となってるのですが、ネットで調べると“BRUPARK”だったり“BRUPARCK”でどの綴りが適切なのかわかりませんが、本家のサイトではBRUPARCKと表記されてます。

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1枚目の写真はどこの町並みを再現してたか覚えてませんが、2枚目にはビッグベンが中央辺りに見えます。ミニヨーロッパに訪れた日は小雨の振る天気でしたが、なんと入場者は自分しかいませんでした。これでいいのか!?と思いつつ、基本的に人の少ないとこのほうが好きなので満足できました。

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さて3枚目ですが、この写真は“パリ”を意識したアングルで撮ってます。奥にはサクレクール寺院
、その手前に凱旋門、そして一番手前はポンピドゥーセンターです。

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このアングルだと、凱旋門の奥にエッフェル塔が見えます。あ、よく見ると2枚目の写真にもエッフェル塔ありますよね。一番奥のほうに巨大なモニュメント(?)が見えますが、鉄の分子の形をしたアトミウムというものらしいです。1958年にブリュッセル万博が開催された時のテーマシンボルだったようです。なかなか圧巻でした。
後で知ったのですが、このアトミウムの中に入れたようです。どこから入れたのかわかりませんが、次は中に入ってみたいと思います。次がいつの日になるかわかりませんが。

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ブリュッセルへ

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アントワープを出て、パリへ戻る前にブリュッセルへ立ち寄りました。旅をしてる時は旅を満喫していたのですが、いざパリが近づくと早く帰りたい気持ちが強くなりました。ベルギーは北はオランダ、南はフランスとゲルマン(アングロサクソン)とラテンの中間に位置する国です。首都ブリュッセルはそのちょうど真ん中ということもあってか、EUの本部が置かれています。上の写真のようにかなり都会的なイメージです。

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2番目の写真はグラン・プラスというブリュッセルでも有名な観光地です。とても綺麗な場所なんですが、自分の撮った写真ではその良さをあまり表現できてなくて申し訳ないです。この近くの有名なワッフルの店でワッフルを食べたのをよく覚えてます。焼きたてのブリュッセルワッフルは美味しいですねぇ。

ところで、ベルギー人のフランス語はフランス人のそれとは少し違うところがあります。フランス語で70はsoixante-dix(60+10)、80はquatre-vingts(4×20)というややこしい言い方をするのですが、ベルギーでは70はseptante、80はhuitanteとそれぞれ独立した呼び名があるようです。フランス語を聴き取る時は「soixante・・・」の部分を聴いただけでは60か70かわからないのでややこしいですね。スイスのフランス語もベルギーと同じようです。
大変ですね、フランス語。

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みかんを食べながら

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※写真はアントワープ

冬はほぼ毎日みかんを食べてます。うちの祖母が「みかんは裏(へたのない方)から剥くと美味しい」と言ってたのですが、剥き方で味か変わるもんでしょうか。でも、美味しいみかんの見分け方はヘタのちょうど真裏あたりがボコボコと盛り上がってるかどうかと聞いたことがあります。みかんって甘いのに当たると、ついついもう一個もう一個と食べ続けてしまいますよね。

ヨーロッパを旅してた頃の日記を読み返すと、この時期は“クレモンティーヌ”をよく食べてたようです。クレモンティーヌとはみかんとオレンジの交配種で、ヨーロッパではよく見かけます。味もたしかみかんとオレンジの中間のような感じでした。日本でクレモンティーヌといえば、この人を思い浮かべる人も多いんじゃないでしょうか。日本では数年前にヒット曲を出したクレモンティーヌさんですが、パリで聞いてみると自分の周りでは誰も知りませんでした。日本ではあまり有名でなくても、海外では結構有名だったりする日本人とかも沢山いるかもしれませんね。

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アントワープといえば?

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アントワープといえば、ダイヤモンドやファッションの街として有名なのですが、日本人にはやはり「フランダースの犬」の舞台として有名だと思います。日本では「フランダースの犬」はとても有名ですが、アントワープ(ベルギー)ではあまり評判が良くないと聞きました。なんでも「結末が悲しすぎる」とか、「自分達の祖先がネロにしたことがどうも納得できない」とか、そんな理由だったと思います。
ネロとパトラッシュの像は結局見なかったのですが、ネロが最後に見た大聖堂の「ルーベンスの絵」を見に行きました。ルーベンスの絵はあまり自分の好みじゃなかったのですが、大聖堂のステンドグラスはとても美しかったです。あまりうまく写真におさめることができなかったのが残念です。
日本に帰ってきたとき、フランダースの犬をもう一度観たくなってDVDで全話レンタルしました。やっぱりいいですね、フランダースの犬。

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アントワープ2日目

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写真はアントワープ中央駅です。アントワープはダイヤモンドの研磨、取引が盛んで、ユダヤ人を多く見ます。アントワープについてまず、予約したユースホステルに行ったのですが、そこで受付をしてたジョン=ピエールさんと仲良くなりました。ジョン=ピエールさんは50歳ぐらいで、日本に興味を持っており、日本語を少し勉強してました。ベルギー人なのでもちろんフランス語もでき、アントワープのいろんなことを教えてもらったりしました。
ある日、ジョンさんとジョンさんの友人(日本人で王立アカデミーの学生)、ユースで知り合った日本人、自分の4人で飲みに連れてってもらったことがありました。ジョンさんの行きつけらしきバーに行ったのですが、すごく雰囲気のいいところでした。
何人かの友人に挨拶してて「やぁジョン!元気かい?」みたいな感じで挨拶がわりに何故かキス。男同士でマウストゥマウスです。その友人はバンドをやってるらしく、
「今度のクリスマスイベントは来るかい?新しいCDができたんだよ!」と、ビートルズのSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandのメンバー4人の顔が自分たちの顔になってるジャケットのCDをジョンさんにあげてました。この日、2軒目に行ったエジプト料理がすごくおいしかったのを覚えています。
アントワープでは風邪を引いてましたが、とにかく快適でした。

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パリのルール

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先日、メトロポリタンによく来てくださるお客さん(夫婦)が今度フランスに新婚旅行へ行くとのことで、「ブログでパリのおすすめの場所を紹介して欲しい」と頼まれました。とりあえず自分もパリに行ったときにお世話になった“パリノルール”という本を薦めといたのですが、これを読んでると、パリに住んでたころがすごく懐かしく感じます。
この本にはフランス式の数の数え方というページには指で数を示す時の方法が書いてあるのですが、フランスでは1人や1個の場合は親指、2人とか2個の場合は親指と人差し指・・・と、親指を伸ばします。郷に入れば郷に従えとのことで、自分もフランスではそうしてたのですがある日、フランス人の先生が二人の時、ピースサインを出してたんです。「フランスではこうじゃないの?」と親指と人差し指を伸ばして見せると、「うん、そうだけど、こっちのほうがかわいい!」と言って日本式にやってました。やっぱり指で数字を示しつつ、口で何人(何個)か言うのが確実ですね。

・・・あんまりパリのおすすめスポットを書けてないですね。古着が好きな人なら、LES HALLS~MARAISあたりを歩いたらいいかなと思います。また思い出したら書こうと思います。

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のだめとの出会い

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最近新聞のTV番組欄を見たら、“のだめカンタービレ”がTVドラマ化されたのを知りました。2007年にはアニメ化もされるようですね。
自分が「のだめ~」と出会ったのは2003年の1月にロンドンに行ったときのことでした。いつものようにユースホステルに滞在してたのですが、ロンドンは日本人に人気が高いのか、パリ以上に日本食屋が多かった気がします。滞在中、風邪をひいて体力がなかったので、夜はユースホステルでおとなしくしてたのですが、あまりに暇だったので日本人旅行者が捨てていったと思われる女性向漫画雑誌「Kiss」を読みました。そこに「のだめ~」が連載されてたんですよね。そのときは1話だけしか読んでないのですが、あまりに面白くて日本に帰ったら絶対読破しようと思いました。当時、「のだめ~」はあまり話題になってなかったようで、パリで音楽を勉強してる友達(日本人)に「のだめ~って知ってる?」ときいてみたのですが、「知らない」といってました。
でもここ最近2~3巻は読めてません…。また漫画喫茶でも行ってこようと思います。
ドラマのほうも観れたら観てみようかな。

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ある料理人の思い出

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昨晩ふと、フランスで仲良くなった友人のことを思い出しました。彼の名はヨウスケ。渡仏して間もない頃に知り合い、3週間で彼は帰国したのですが、すごく良い出会いだったと思います。
渡仏当時、フランス語が全くできなかった自分は一番初心者のクラスに入れられ、ヨウスケとはそこで知り合いました。自分もクラスではフランス語が出来ないほうだったのですが、彼の成績はさらに悪く、先生が付きっ切りで教えないといけない時もありました。ヨウスケは日本料理の修業をしており、4月から箱根の温泉旅館で板前として就職が決まっており、その前にフランスに1ヶ月滞在してフランスの料理を見てみたいということでパリに来てたのです。
ある日、男3人で歩いてると、ヨウスケが「ちょっとまってて!」と、小さな売店に駆け込みました。新聞やら雑誌が売ってる小さな店です。そこで一冊の本を買ってきたのです。彼は中をみて「あー!しまった…」と肩を落としました。話を聞くと、彼が求めてたのはいわゆる洋物のHな本。なんとなく露出の多い女性が表紙に載ってたので、「これだ!」と思ったようです。しかも、彼は女性の裸体を見て、料理の盛り付けなどのイメージを膨らますために探してたと言うのです。でも、なんとなく彼ならやりかねないなと思いました。
語学学校に通って1週間たった頃、彼は3週間受講するコースだったのですが、「Le Cordon Blue」という有名なフレンチの学校の体験コースに行き、いたく感動したようで、残りの語学学校2週間を辞めて、小さなビストロ(レストラン)でもいいから働きたいと思い始めたのです。2週間分の授業料は当然返ってこないとのことで、まわりの友人は反対する人も多かったです。でも、自分は強く勧めました。そして彼は2週目から行方不明になり、学校にも姿を見せなかったのですが、帰国の3日前にようやく学校に来てくれました。彼はレストランやビストロにフランス語がほとんど話せないのに「働かせてください!」と何軒も頼み込み、結局全部断られたけど、ホームステイ先のホストマザーの知り合いの店で下働きさせてもらえたようでした。大変だったけど、すごくいい経験だったと言ってました。ヨウスケは物事を変態的に捉えることができるというか、とにかく不思議な感覚がありました。そして、そんなとこが自分を惹き付けました。

渡仏して1年経ったころ、自分は名古屋に戻ってきました。そして、帰国して1週間後あたりに突然ヨウスケから電話があったのです。

「タカヒロさんですか?フランスでお世話になったヨウスケです!覚えてますか?」

そろそろ自分が帰国する頃だと思って、電話したと言ってました。この時は本当にうれしかったです。彼は箱根の温泉旅館の板前として、順風満帆なようでした。自分は帰国して約1年後にメトロポリタンをオープンさせたのですが、彼は携帯を解約しており連絡がつかなくなって、店を出したことを未だ伝えられてないのが心残りです。

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アントワープに着いて

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フィンランドから南下してパリに戻る旅の話もあと少しでゴールです。
オランダを出た後は、ベルギーのアントワープに立ち寄りました。イタリアで仲良くなった人と連絡を取り合ってたところ、アントワープは古着屋もあり、すごくよかったとのことだったので、すごく楽しみにしてました。アントワープはベルギー北部にあり、オランダ語(フラマン語)が強い(ベルギーの公用語はフランス語・フラマン語)です。ですが、とりあえずフランス語が自分は一番使えたので、滞在中はフランス語で生活してました。アントワープに入ったのは12月5日。クリスマスシーズンということで、街はクリスマスムード一色でした。写真の広場には沢山の屋台がでてたのですが、この頃すごく寒かったので、“Van Chaud(ホットワイン)”をよく飲んだのをよく覚えてます。このVan Chaudの付け合せにと、たしかエスカルゴのスープも注文したことがあったのですが、日記には“しょっぱくてイマイチだった”と感想が書いてありました(笑)
ベルギーはフランスにちょっと似てますが、ベルギー独自のものは沢山あります。ベルギーワッフルもそのうちのひとつだと思います。写真は撮り忘れたのですが、ベルギーワッフルはすごくおいしかったです。確かベルギーワッフルには「リエージュワッフル」と「ブリュッセルワッフル」の2種類があって、よく日本のコンビニやmanekenで売られてるのはリエージュワッフルです。日持ちがするように砂糖を多く使ってあるらしいです。ブリュッセルワッフルはというと、表面はかりっとしてて、中はフワフワ。生クリームやらメイプルシロップをトッピングしてもOKで、自分はこっちのほうが好みでした。

参考
リエージュワッフル Googleイメージ検索結果
ブリュッセルワッフル Googleイメージ検索結果

ベルギーはビールも有名ですが、ドイツで飲んだビールのほうが好みだったかなと思います。それでもおいしいんですけどね。ベルギービールより、11月に限定発売される“琥珀”が気になる今日この頃です。

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Heineken Experience

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このブログを読んでくれてる方、自分と交流のある方はもうおわかりかと思いますが、自分はビールが大好きです。ビールは生が一番と思ってるので、フランスでひとり暮らししてたときはワインを飲むことが多かったのですが、旅先ではやはりビールです。オランダといえばハイネケンなので、アムステルダムに滞在中にハイネケンのビール博物館(現在は。Heineken Experience)に行ってきました。現在は見学料が10ユーロのようですが、2002年に訪れたときは7,5ユーロでした。ハイネケンの歴史や、ビールの製造過程などが展示されており、3杯のビールと、お土産にハイネケンのグラスがもらえます。はっきりと覚えてないのですが、ビールを飲んでる時に従業員が何か変な機械(ホースのついたピストル式のものだったような)で蕎麦ボーロみたいなものを投げて(?)くるので、それを拾ってビールのつまみにしてた記憶があります。ハイネケンのグラスも貰えるし、アムステルダムに行ったときは寄ってみるのもいいかもです。
日本には発泡酒やら第三のビールなるものがありますが、どうも味には納得いきません。発泡酒と第三のビールが“ビールという定義を外れたビールに近い飲み物”とすると、なんだか本物のビールを追求する方向性とは全く逆な気がします。以前、発泡酒の広告で「苦味50%カット」みたいなことが書いてあったのを見た記憶があるのですが、ビールの苦味をカットしてまでビールを飲みたい気持ちが自分にはよくわかりません。しかしうちの母親など、ビールが大好きで毎日飲んでますが、発泡酒しか飲まず、たまにビールを飲むと、「苦くて不味い」と言います。好みは人それぞれなので、なんともいえないとこなんでしょうかね。

ビール純粋令などのあったドイツでは、ビールにかかる税金(酒税)が日本の20分の1()だそうです。最近日本でも高い酒税に負けず、本物志向の人が増えてるのか、各社がプレミアムビールを競って出してますね。自分は毎日何本も飲むわけではないので、ちょっと贅沢してでも本物が飲みたいです。

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ニッポンの味

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オランダでレンタカーを借りて旅をしてたときにふと、昼食をとるためにスーパーマーケットによりました。なれない異国の地ですごく疲れてた時に偶然通りかかったお店。ん?魚屋さん??ヨーロッパで日本食の店を色々見てきたのですが、ここは本物だと思いました。魚屋さんという響きがリアルな日本を感じさせます。逆に「将軍」とか「カミカゼ」とかだと、リアルさがありません。
ここの主人のOZAWAさんとそのオランダ人の奥さんには本当にお世話になりました。OZAWAさんには“すき煮(スキヤキ)”や鮭のマリネ、ピラフなどをご馳走になりました。(もちろんお金は払いました。)パンとハムとチーズばかり食べてたので、日本食の味が本当においしく感じました。OZAWAさんが何故オランダに来たのか、色々話を聞いたはずなんですが、あんまり思い出せません…。とにかくOZAWAさんは面白くて不思議な人で、奥さんも本当に温かくて面白い人でした。その奥さんと話したときに印象に残ってるのが、自分が「車はMT(マニュアル車)かAT(オートマ車)か?」と聞いたときに、「もちろんMTだよ。AT?あんなのは年寄りが乗るものだねっ!」と一喝されたことです。後でOZAWAさんに話を聞くと、オランダは土地が平坦で、AT車である必要がないとのこと。日本とはずいぶん違うんだなぁと思いました。
たしかOZAWAさんに2年ほど前に会ったときにはたしか、金土の夜のみ“居酒屋”を始めたと言ってました。オランダに行ったときには是非また行ってみたいです。

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誕生日から一夜明けて…

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前回の日記の続きです。アムステルダムでは今までで最高に楽しかった誕生日を迎えたわけですが、飲みすぎて朝起きても疲れが残ってました。しかし、ユースホステルの朝食(無料)の時間にはなんとか間に合わせようと無理やり起きて、朝食をとりました。ユースホステルの朝食というものは大体どこも同じようなものがでてきます。パン(トーストのようなものが多い)とハム、チーズ、卵、フルーツ、コーヒー、オレンジジュース、牛乳など。好きなものばかりなので、いつも満足してたのですが、ビュッフェスタイルなのでサンドイッチを作ってナプキンなどに包んで持ち帰り、昼もそれを食べるという宿泊客も結構いました。

朝食を終えてロビーに行くと、昨日のバーで誕生日を祝ってくれたイギリスのおばさんが「財布を盗まれた」と言ってホステルのスタッフに相談してました。アムスはマリファナ目的の人も多いし、かなりクレイジーなとこだなと思いながらも、このときはまだ他人事でした。一息ついた後、街を散策してたのですが、雨が降ってて前日の疲れもあったので、3時頃にはユースホステルに戻り昼寝をしてました。1時間半ほど昼寝をし、起きて部屋の外に出ると、掛けておいたコートがないのです。グリーンのコーデュロイのトレンチコートで、サイズもぴったりでものすごくお気に入りだったコート。盗まれたとは思いたくなくて、必死に探したんですがありませんでした。無駄だとは思いつつ、イギリスのおばさんと警察に行き盗難届けを出しに行きました。しかし、警察もサッカーの試合をTVで観ながら適当に調書作成してたので「こりゃだめだな」と思いました。そもそもユースホステルはバックパッカーがほとんどで、自分の着てたトレンチコートはバックパッカーには全く似合いません。ちなみに自分はバックパックは持たず、重いトランクを持ち歩いてました。そう考えると、同じ宿に滞在してた、とあるお洒落なカップルしか心当たりがありません。人を疑うのはよくないことかもですが、あのカップルで来てた人以外、あのコートを着こなせそうな人はいなかったのです。自分は気に入ってたけど、すごく高価なものでもないので、犯人はきっとあのコートを着てるはずです。
コートを盗まれたのは、この旅、いやヨーロッパに1年滞在した中で一番の悔しいことでした。コートを盗まれるより財布を盗まれたほうがどんなに気持ち的に楽だったことか。

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アムステルダムで迎えた誕生日

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アムステルダムのユースホステルに滞在してた時はたまに自炊したり、併設のバーで夕食を食べたりしてました。バーはわりと食事もビールも安く(ハーフパイント=1,5ユーロ 1パイント=3ユーロ)すごく助かりました。
そんなアムステルダムでちょうど誕生日を迎えたのですが、アムスのユースで出会った数人の日本人が自分の誕生日をバーで祝ってくれました。誕生日を祝ってもらうという経験があまりなかったので、この時はすごくうれしかったです。誕生日を祝いながらバーで飲んでると、となりのイギリスから来たおばさんが「Happy birthday to you~!」と歌いながらお酒をご馳走してくれたり(確かショットグラスに注がれた強いお酒)、見覚えがないアメリカ人(35歳ぐらい?)に「俺はあんたをケルンで見たんだよ!ケルンのユースホステルにいなかったかい?」と話しかけられ、全く覚えてなかったにもかかわらず、そこにいた日本人仲間全員(7~8人ぐらい)に1パイントのビールをおごってくれました。近くで一人で飲んでた見知らぬ日本人も「あの・・・混ぜてもらっていいですか?」と、どんどん人は増えて、こんなに楽しい誕生日はありませんでした。バーに行く前もちょうど醤油を持ってた人と米を持ってた人がいたので、協力して焼きおにぎりを作りました。米と醤油とバターでつくったので形は崩れやすかったですが、異国の地で食べる焼きおにぎりは格別でした。
ヨーロッパを旅するときは醤油や米や味噌など、ちょっとあると何かと便利です。外国の人とのコミュニケーションの手段としても使えるし、おすすめです。日本人のソウルフードですもんね、米。ソウルフードといえば、アムステルダムのユースにインド人が団体で来てて、やっぱり香辛料をいっぱい持ってて、カレーを作ってました。「何もここまで来て・・・」と思いましたが、自分達もそう思われてたかもしれませんね。

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ワールドカップの思い出

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※写真はイタリアのミラノにて。

日本時間の明日午前3時、サッカーワールドカップの決勝フランス×イタリアが行われるそうです。サッカーにあまり興味がなく、日本の試合も1試合も観ていないほどなんで、多分決勝も観ないと思います。ちょうど4年前の日韓開催のときフランスにいたので日本がどれくらい盛り上がっていたのかわからないのですが、フランスは確か1次リーグ敗退でものすごく盛り下がってた覚えがあります。ちょうど語学学校に通ってたので、さまざまな国の生徒がワールドカップの話でもちきりでした。一緒のクラスだったA君(名前を忘れてしまい仮名)はブラジルから短期留学で来てて、サッカー大好きでいつもブラジル代表ユニフォームを着て授業を受けてました。ブラジルの母国語はポルトガル語。フランス語とは同じラテン語の仲間なので、あまり勉強しなくても強引に意味が通じたりしてしまいます。似たようなスペルの単語が多いんですよね。それである授業のとき、

「二人ペアになり、一人が落ち込んでて、もう一人がそれを励ますというシチュエーションでストーリーを作ってください。」

というお題がでて、たまたま隣に座ってたA君と組むことに。普段は二人で相談しながらあーしよう、こうしようみたいに決めていく授業なんですが、「よし、わかった!これでいこう!」と一人でシチュエーションを考えて、「じゃあ君はトルコ人の役で、俺はそのお母さんの役な!」と強引に決められました。内容はというと、まぁ面白かったのですが、ひどいもんでした。ちょうどその時はワールドカップの準決勝ブラジル×トルコの前日だったんですが、A君の考えたシチュエーションは準決勝が終わった後の話でした。

トルコ人の子供「えーん」
子供の母「どうしたの?」
子「トルコがブラジルに負けちゃったんだ><」
母「そりゃあしょうがないわよ。ブラジルは過去4回も優勝してるし、本当に強いのよ。」
子「でも、僕は悲しくて明日学校いけないよ」
母「しょうがないわね。でも悲しんでてもしょうがないわ。お母さんがコレ(ブラジルのユニフォーム)をあげるから、明日は一緒にコレを着てコンコルド広場でサンバを踊ってブラジルの決勝を応援するのよ!そうすれば元気も出るから^^」
子「うん!僕がんばる!」

大体こんな感じでした。実際まだトルコが負けたわけでもないのにこの強気!クラスではうけたからよかったものの、サンバを踊ってブラジルを応援すれば元気がでるって!!この後ブラジルは優勝でワールドカップを終えたので、A君もさぞご機嫌でした。

あの日本人にはない陽気さ、強引さも国民性かなぁと、ちょっと思いました。

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ベジタリアンに出会う

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6月14日のブログで南フランスに行って、動物園に行ったことを書きましたが、写真を見てたら南フランスで撮った写真が出てきたので、載せてみます。顔にモザイクかけてありますが、この写真を見せると「若いね」と言われます。髪型の違いだと思うんですが。そんなことより、この写真を見せて「この手前の料理はユッケ?」とよく聞かれるんです。ユッケかと聞かれると、ユッケですね。「Steak tartar(タルタルステーキ)」という料理で、たしかこの写真を撮った友人が知らずに注文し、出てきたコレに驚いて食べなかったのを覚えてます。ちょうど狂牛病の話題が出始めた頃だったんです。ヨーロッパで食べたもので少し驚いたのが、あれは多分“あずき”を煮た料理だったと思うんですが、マッシュポテトのように盛り付けてあり、塩味で甘くないんです。日本では「あずき=あんこの材料」みたいなとこがあるので、甘くないあずきを食べるのはすごく違和感がありました。逆に西洋人には「これを甘く味付けするなんて信じられない!!」と言われましたが。
ヨーロッパに滞在して、日本ではたまにしか聞かないベジタリアンの人とも沢山知り合いました。今でも自分はベジタリアンについてよくわかってない部分が多いのですが、ベジタリアンの人に話を聞くと、元々肉が好きじゃなくて、ベジタリアンになった人が多いように感じました。てっきり“動物愛護”の気持ちが強くて、肉を食べるのを我慢してるのかと思ってました。もちろんそういう人もいるかもしれないですが。「ベジタリアン=ヘルシー」というわけでもなく、ベジタリアンの人でもそれほど痩せてる人を見なかったのも印象的です。自分は勝手に「日本食は野菜中心の惣菜が多く、ベジタリアンに和食は好まれるんじゃないか」と思ってたんですが、これもちょっと違いました。ベジタリアンのスイス人と仲良くなり、日本の惣菜などを出すいわゆる“弁当屋”に連れてって、「野菜弁当(野菜の惣菜のおかずのお弁当)」なるものを食べてもらったんですが、あまり気に入ってもらえませんでした。ご飯に醤油をかけて食べてましたし、どうも全体的に外国人にはわかりやすい味付けが人気があるんだなーと思いました。

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モンペリエの動物園

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このトップの写真だけだとさっぱりわかりませんが、これでも動物園の中です。パリに滞在してた時、学校で知り合った日本人が「南仏へ1ヶ月留学する」というので、自分もバカンスをとって1週間ほど遊びに行って来ました。モンペリエというところへ行ったんですが、今回はそのモンペリエの動物園へ行った時の写真を載せようと思います。パリにも動物園はあるのですが、モンペリエの動物園はパリのそれとはかなり違います。パリの動物園の写真もまた載せようと思うのですが、モンペリエの動物園はとにかく広いです。山ひとつそのまま動物園になったという感じで、とても質素なつくりでした。ハイキングコースのような山道を数十分あるくと次の動物の檻のようなところで、とにかくひたすら歩いたのを覚えてます。

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鹿がいました。トナカイかも…

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ラクーンも!

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かろうじて見つけた孔雀

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また鹿ですか…


パンダやキリンや象などの珍しい動物はおらず、なんとなく適応力の高そうな動物が集まってる感じでした。それでも人の少ない動物園で自然の中でゆっくり動物を見るのはとても楽しかったです。売店や子供の好きそうな乗り物など、ほとんどない動物園でしたが、実際子供もあまりいませんでした。動物園にカメラを持っていくと、なんとなく写真を撮ってしまうのですが、動物だけの写真ってあんまり使い道もなくて、「コレなんで撮ったんだろう…」みたいになりがちですが、ここ(ブログ)に載せることが出来て良かったです。

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最後に鳥に威嚇される…

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美しきアムステルダム

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前回のケルン編の続きです。ケルンを離れた後は行ってみたかったアムステルダムへと向かいました。アムステルダムは運河の流れるすごく美しい街です。何枚も写真を撮ったのですが、あの美しさと感動をなかなか写真におさめることができませんでした。でも面白いですね、写真って。
アムステルダムにはオランダでは合法のマリファナ目的か、沢山の観光客、日本人がいます。オランダ人にマリファナのことを聞くと、「オランダ=ドラッグ」みたいに思われたくないと言ってました。でも確かにアムスの街はどこもかしこもマリファナ臭がします。アムスのユースで夜中叫び声(多分ハイになった人の声)が聞こえて目が覚めたこともあったし、モーニングコーヒーを飲んでる時に急に隣のテーブルの人が倒れ、救急車で運ばれたり(後で話を聞くと、彼は前の日の晩、キノコを沢山食べてた様子)、いろんなことに遭遇しました。アムスはマリファナ、飾り窓など黒い魅力にあふれていますが、それだけじゃないとても自由な雰囲気があります。
オランダ人の平均身長は男性で184cm、女性で170,8cmだそうです。どこかで読んだのですが、たしかオランダの一人あたりの乳製品の消費量が世界一だそうで、カルシウムを沢山摂取してることが平均身長の高さに関係してたと思います。アムステルダムで牛乳が飲みたくなり、スーパーでMILKに近い綴りの500mlのパックを買って牛乳だと思い込んで勢いよく飲んだら「飲むヨーグルト」のノンシュガーのやつだったのを覚えています。さすがに思わず吐き出しました。「牛乳」だと決め付けて飲んで違う味だったりすると、すごいびっくりします。そういえば前にもこんなことがヘルシンキであったような…。
どんな飲み物だったか写真を撮っておけばよかったんですけどね。

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スウェーデンから来た女性

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以前、ケルンで台湾人の男性にユースで知り合ったことを書いたのですが、実はその日の夜、もうひとつの出来事がありました。その日は久々に英語でなくフランス語で人と話すことができて、台湾の人とは11時頃まで話しこんでました。ユースの部屋は一応6人部屋だったのですが、その日は自分以外誰もいませんでした。普段ユースの部屋に一人なのはさみしくもあるのですが、地下のキッチンで台湾の人と、アメリカ人の女の子とも話すことができたので、満足でした。シャワーを浴び、部屋に帰ると、12時近く。しかし、そんな遅い時間に新たに自分と同じ部屋に泊まる客が増えたのです。しかも女性!部屋では自分とその子の二人なので、「どこから来たの?」と話しかけてみました。彼女はスウェーデン(ストックホルム)から来たとのこと。スウェーデンから女の子ひとりでこんな時間に。
「えーっと…観光できたの?」と聞くと、
「実は…観光ではないの。私はスペインを旅したことがあるんだけど、そこでケルンに住む男性と知り合って…そう!私は彼が好きなの。それでここに来たのよ!」
「じゃあその男性はどうしてるの?」
「彼には今日来ることを伝えてなかったんだけど、さっき電話したら“え?なんで来たの?”と言われ、とりあえず仕事が終わってから電話するって言ってたんだけど…トゥルルル…あ、彼から電話だわ!私ちょっと行ってくるね!」
「あぁ、そうか。なんていったらいいかわからんけど…GOOD LUCK!!」
「ありがとう!」
といって、彼女は12時頃出かけていきました。そして次の日の予定を立てながら日記を書いたりしてると、彼女はAM1:00前には戻ってきました。
「あれ?どうしたの?なんか早いね」
「えぇ。終わったわ。。」
「終わった?」
「彼は彼女はいないと言ってたが、1週間前に新しい彼女が出来たんだって。まぁ・・そういうことみたい。あーあ、私は何しに来たんだろう。もう寝るわ。ありがとう。おやすみ。」
彼女はすごくさばさばした感じで話してすぐ寝てしまいました。すぐ寝れたのかどうかはわかりませんが、自分が朝起きたときにはもう彼女はいませんでした。
旅をしてると、いろんな人に出会うんだなぁと実感させられた日でした。

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ジョンさんの思い出 後編

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前編の続きです…(写真はベルサイユ宮殿)

ジョンさんと出会ったのは入学3週目の一番下のレベルのクラスでした。最初の頃は正直、ジョンさんとコミュニケーションをとるのが苦手でした。歳も離れてて、韓国人特有の発音(“ざじずぜぞ”が“じゃじぃじゅじぇじょ”になる)も苦手でしたし、学校で勉強してた頃はアジア人同士(特に日本人同士)でフランス語を話すのが嫌でした。
とある週末にベルサイユ宮殿へ同じクラスの生徒6人(ジョンさん含む)で行ったときも、唯一の西洋人イネス(イネスは発音が綺麗)となるべく積極的に話そうとしてたら、ジョンさんがイネスと自分をくっつけようと、必要以上に気をつかったり(そういう気は全然なかったのですが…)、授業でもジョンさんだけ一人違うことをしてたりと、ため息の出ることが多かったです。ジョンさんは発音こそあまりよくなかったですが、異常に単語は知ってました。ある日知ったのですが、ジョンさんは家に届いた手紙、家電製品の説明書など、わからない単語はすべて辞書で調べてたのです。これは当たり前のように聞こえますが、なかなか難しいことです。すごく努力家でした。二児の母であり、40代半ばのジョンさんが単身パリに留学すること自体がすごいことだったと思います。ジョンさんは確か語学学校に3~4ヶ月通ってたのですが、最初はできるなら敬遠したいと思ってたのに、ジョンさんが学校を辞める頃にはジョンさんのことをとてもいい人だと思うようになってたのです。特によく話してたわけではないのですが、ジョンさんのあたたかい人柄、懐の広さが伝わってきて、いつしか尊敬するようになってました。
ジョンさんの最後の授業の日、自分はジョンさんに手紙を渡しました。ジョンさんはとても喜んでくれて、自分にも後日手紙をくれました。とてもあたたかい内容でした。そしてパリを離れる前にジョンさんから電話があり、「最後に二人で飲みに行こう!」と誘ってくれました。
「タカヒロはすばらしい思うよ!私がもう少し若かったらねぇ…それに私には旦那と息子がいるからダメだけどね。あはは(←おばちゃん口調)」
…こんな感じで、最後に二人で飲んでとても楽しかったです。
パリであと2~3年勉強して、ソウルでお店を開くと意気込んでたジョンさん。いつも笑顔でとてもかわいらしい人でした。

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ジョンさんの思い出 前編

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今日は本当に花粉症がひどいです…。ヨーロッパに行ってた時は花粉症の症状はでなかったんですが。

パリでフランス語の語学学校に行ってたときの話は何度かこのブログに書いたのですが、今日も少し思い出を書いてみようと思います。学校に入りたての頃はフランス語が全くできず、入学した日のレベルチェックテストの用紙が配られても、それがテスト用紙だということすらわからず呼び出され、面接で質問を受けても全くわからず、「じゃあ何か知ってるフランス語はある?」と言われ、「1,2,3…」と数字を数えたら「はい、わかりました」と言われ、当然のように一番下のクラスに決まりました。フランスの語学学校は、レベルの低いクラスほど日本人やアジア人が多く、レベルの高いクラスはスペインやイタリアのラテン系の生徒が多いです。日本人ほど多くはなかったのですが、韓国人も結構いました。自分が知り合った韓国やアジアの留学生は飛びぬけてお金持ちの人が多かったです。家で象を飼っていたという噂の元スチュワーデスのタイ人や、小説家の韓国人…本当に様々な職業の人と触れ合えたので、すごくいい経験だったと思います。中でも思い出深い人のひとりにジョンさんという韓国人がいます。ジョンさんはたしか当時14歳と12歳の子供がいて、旦那と息子たちをソウルに残して単身パリに留学に来てました。パリに留学した理由はファッションやデザインをパリで学びたかったからだそうです。ジョンさんの兄がYahooのような会社をやってて、お金は兄が援助してくれたと言ってましたが、すごく節約生活してるようでした。写真はジョンさん含め、学校の生徒6人で行った「ベルサイユ宮殿」のバラ園です。

…後編に続く。

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ケルンの大聖堂にのぼる

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久々にヨーロッパの旅のことを書きます。前回も少しケルンの大聖堂に触れたのですが、大聖堂は近くで見るとかなりの迫力です(写真をクリックするとよくわかります)。大聖堂の中はステンドグラスで飾られ、すごく綺麗です。2ユーロ払って500段以上ある階段を上りきると、すがすがしい眺めに出会うことができます。
ケルンには2泊だけしたのですが、いろんな人に出会いました。まずケルンのユースに着いた日、台湾人の男の人に話しかけられました。彼は45歳で「日本から来たんですか?」と英語で聞かれたので、「実は今、パリに住んでまして…」と言うと、「私もパリに住んでるんだよ!もう15年もね!」とフランス語で話してきました。なんでも仕事でケルンとパリを行き来してるようで、2ヶ月に1回はケルンへ来てるようでした。彼と話した思い出で一番覚えてるのは、彼が中国が嫌いと言ってたことです。「中華料理を食べて2回も腹を壊した」とかで、とにかく不衛生だと強調してました。中国に行ったことがないのでなんとも言えないのですが、ニュースやネット上での情報を見てる限り、すごくあり得る話だと思います。昨年末に中国であった化学工場爆発事故の特集を先日、ニュースステーションでみたのですが、“中国”とは一体どんなとこなんでしょうか…。ちなみにこの爆発事故での汚染物質は北海道オホーツク海まで流れ着くのは確実だそうです。

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フランスの語学学校にて

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学生の頃は正直、英語が苦手でした。“受験英語”なんてものはほとんど覚えてません。特に嫌いってわけではなかったのですが、英語だけずば抜けてテストが悪かった記憶があります。今でも英語力はたいしたことないのですが、なんとかやっていけるかなって程度です。
フランスで語学学校に通ってた頃は午後からの授業もとったり、結構がんばってました。自分の通ってた語学学校は想像力を働かせる授業が多かった気がします。週に1回は“テアトル”という演劇を交えた授業があり、演じることの苦手な生徒はよくサボってました。たしかに少し恥ずかしい授業だったんですけどね。テアトル以外にも様々なシチュエーションの中で会話する授業が多かった気がします。ある日、生徒ひとりひとりに小さな白い紙が配られ、「この紙になにか職業を書いてください。」と先生が言い、生徒達は各自好きな職業を書きました。書き終えた頃、「さて、じゃあ今からゲームをします。このゲームはMontgolfier(モンゴルフィエ=気球)というゲームです。皆さんは今、気球に乗ってるのですが、このままだと重くて墜落してしまいます。残念ですがどなたか降りてもらわなければなりません。そこで、みなさんがさっき各自紙に書いてもらった職業の人となり、自分が如何に世界に必要な職業かということを3分間スピーチしてもらいます。そして、投票で一番必要ないと思われた職業の人が気球を降りてもらうことになります。」とゲームの説明をしました。ゲームの内容を知らされてからは職業を変えることはできません。周りの生徒を見てみると、普通に“弁護士”とか“医者”とか、いかにも必要そうな職業が書いてありました。しかし、ゲームの内容は知らなかった自分は、ありきたりな職業書いても面白くないかなと思ったので“占い師”と書いてました…。占い師が如何に世界に必要不可欠か…必死にアイデアをしぼりました。そしてスピーチの時間になり、“弁護士”やら“医者”やらが正論を唱える中、占い師の自分は「私はこの気球の未来が見えます。きっと私はこの気球に残ってるでしょう。誰が降りなければならないか、私にはわかりますが、今ここではあえて言いません。私を生かせば必ずこの気球は良い方角に向かうでしょう…」みたいなスピーチをしました。結果、わりと必要そうな職業の人が落とされ、占い師(自分)やらパン屋など、あまり偉くなさそうな職業の人が残ってたのを覚えてます。
職業“古着屋”って書いてたら残ってた自信はなかったですが。

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ネスクイックで我慢

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ベルリンから本当はアムステルダムへ行きたかったのですが、アムスまでは少し遠かったので、Koln(ケルン)に立ち寄りました。日本語の読みは“ケルン”と書いてありますが、ケルンと言ってもドイツ人には通じなかったと思います。「ケ」と「コ」の間みたいな発音だったような。難しかったら英語で「Cologne(コローニャ)」と言ったほうが無難です。
ケルンに行く前にATMでお金をおろそうとすると、なぜかお金がおろせません。チケットは買ってあったので、不安がありながらも電車にのることにしたのですが、手持ちが5ユーロ(≒600円)しかありません。お昼はサンドイッチとコーヒーが欲しかったのですが、仕方なくコーヒーをあきらめ、パック入りの安いネスクイック(ミロみたいなもの)で我慢しました。今思えば、小さな紙パックのネスクイックが1,2ユーロだったので、安くはなかったのですが。ケルンに着き、とりあえずお金をおろそうとしたんですが、そこでもダメ。お金がなければ電話もかけられないし、泊まることもできない!とりあえず、ユースホステルの人に相談して電話を借り、CITIBANKに問い合わせたところ、「特に問題が見当たらない」との回答。散々歩き回って、なぜかその日の夕方5時頃には無事お金がおろせました。結局何が原因だったかさっぱりわかりませんが、海外でお金も当てもないことがどんなに不安なことかと思い知らされました。
その日は色々疲れたので、久々に米が食べたいと思い中華料理の店に入りチャーハンとビール(ケルシュ)を頼みました。ケルンと言えばケルシュビール。ケルシュは低温熟成されたビールで、フルーティでソフトな飲み口が特徴。ケルシュビールを注ぐグラスは200mlの円柱グラスと決まってるそうです。そしてそのグラスにはケルンのシンボルと言える大聖堂(Dom)が模様に入ってました。

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ベルリンを発つ

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ベルリン以外の都市ではユースホステルを利用してたのですが、ベルリンでは友人のグエンドリンさんの助けもあって、ウィークリーマンションに滞在してました。グエンドリンさんとはパリの語学学校で知り合ったのですが、彼女はベルリンでグラフィックデザイナーをしてました。ベルリンを発つ前にグエンドリンさんの家に招待され、グエンドリンさんの父(陶芸家)の器でブランチをとりました。グエンドリンさんが「ちょっと見て欲しいものがある」というので、「なになに?」と聞くと、日本のアニメやカルチャーが載ってる雑誌を出してきたのです。いわゆるドイツ人オタク向け雑誌。なんでも仕事でこれのレイアウトを頼まれてるらしい。いろんな画像を配置していく時に背景に適当な日本語(漢字)を配置したいらしく、それを手伝って欲しいとのことでした。
「何を手伝えばいいの?」
「そうねぇ、私が言う単語(言葉)にあたる日本語を紙に書いて欲しいの。」
といって、グエンドリンさんの言った言葉を日本語で「美少女」とか、「かわいい」とか訳し、手伝いは完了。自分が手伝う前は、アニメの女の子のキャラクターの背景にどこかから拾ってきたという「限定テレカ」とか、なんだか意味不明な言葉がいっぱい貼ってあったので、それよりマシになったと思いました。
そして最後に写真を撮ろうってことになり、自分のデジカメでリモコン撮影。グエンドリンさんは「日本人は写真撮るときこうするよね!」と自分の頭の後ろでピースサインをしながら写ってました。とってもおちゃめです。ベルリンではお世話になりっぱなしで、本当にうれしかったです。
この後、アムステルダムに向かう予定でしたが、一日で移動するにはちょっと遠かったのでケルン(ドイツ人にケルンと言っても発音が通じない)に寄りました。
次はケルン編を書こうと思います。

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ベルリンを少し観光

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ベルリンにはわりと長く滞在してたので、ちょっと観光みたいなこともしてました。ベルリンはこれまでまわった都市に比べとにかく広くて、歩くのが大変でした。なんとなく歩いてると、戦勝記念碑「Siegessaule(ジーゲスゾイレ)」を見つけたので、上ってみました。高さ67mの塔の螺旋階段はとにかく大変です。このあと、ドイツのKoln(ケルン)にて同じような螺旋階段をのぼったのですが、それもかなりつらかったです。塔からの景色はどうだったかというと…やはり、なんとなく工業国な感じでした。塔からの見晴らしは続きにあります。

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その後、古着屋をまわったりし、ご飯を食べて帰りました。
ご飯が食べたくなって、見つけた和風(?)な店に入ったのですが、巻き寿司をてんぷら(?)にしてある「Japan Roll 2002」というものを食べました。写真はないですが、味は悪くなかったです。寿司とてんぷらをミックスする感覚がちょっとすごいと思いました。

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ベルリンの水族館

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今日は久々にヨーロッパの旅のことをちょこっと書こうと思います。
ベルリンには10日ほど滞在したのですが、滞在中に水族館に行きました。そもそも水族館に行くこと自体が久々のことでした。水族館はベルリンで有名な動物園(ベルリンにはZoo{ツォー}駅という大きな駅がある)と併設されていて、動物園には行かずに水族館だけ行きました。動物園にも興味はあったのですが、ベルリンに滞在してた頃、すごく寒かったのと、フランスで2回動物園に行ったので、ベルリンの動物園はあきらめました。水族館なんて、何年ぶりかだったのですが、すごく新鮮でした。中でもやたら写真をとってしまったのが“くらげ”。スローな動きと、不思議な体はなんともいえません。日本の水族館はどうかわからないですが、ベルリンの水族館には両生類や虫もたくさんいました。中でも気持ち悪かったのがナナフシの子供でした…。

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JOYEUX NOEL

今日はイヴですね。お酒も好きですが、甘いものも好きなので、明日はケーキが安くなってたら買いたいなと思ってます。ちなみにフランスではクリスマスケーキといえば、"buche de noel(ビュッシュ・ドゥ・ノエル)"という薪の形をしたケーキです。ケーキは好きなのですが、口実がないと食べることがないので、今日か明日には絶対食べようと思います。狙いはbushe de noelではなくて、普通のショートケーキ。真ん中の層もいちごオンリーで埋め尽くされたのが理想です。スタンダードなのが一番好きなんです。ケーキバイキングとか実は興味があるのですが、男同士だとちょっとあれだし、どうせ2~3個で十分なので…。
ちなみに写真はパリのデパート(GALERIES LAFAYETTE)のイルミネーションです。
クリックで拡大されますので、どうぞ。

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ベルリンと熊

ベルリンに行くまで知らなかったのですが、ベルリンの象徴といえば熊のようです。
そもそもベルリンという都市の名前が熊からつけられたという説もあるそうです。ベルリンの街を歩くと、ところどころにペイントされた熊の置物がみられます。それぞれの熊には名前やナンバーが付けられていて、なかなか面白かったです。数百体はあるかと思います。かわいいな~と思った熊を写真におさめてきました。

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HERMESの前にはHERMES柄の熊が!
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ベルリンのビール「BERLINER」もシンボルの熊がついてます。

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ベルリンでは本で読んだことのある「Berliner Weisse(ベルリナーヴァイセ)」を飲んでみました。注文する前に友人のグエンドリンさんに「ベルリナーヴァイセってどう?」と聞くと、「んー、夏にはいいかな」と返ってきました。注文すると、緑色のかき氷のシロップのようなビールがでてきて、味もそんな感じでした。ベルリナーヴァイセ自体は酸味があるようで、ストレートで飲むわけではなく、ラズベリージュース(赤)もしくはクルマバソウジュース(緑)で割って飲むようです。そのレストランで食べ物を注文する時、グエンドリンさんに「ドイツ独特のものを食べたい」と頼んで出てきた料理が何か根菜類を1cmぐらいの厚さに切って衣をつけて揚げてあるものでした。グエンドリンさんも「仏語でこれをなんていうかわからない」といってたので、結局今でも謎のままです。

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ベルリンに着く

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ハンブルグをでて、友人のグエンドリンさんとベルリン東駅(Berlin Ostbahnhof)で待ち合わせし、無事合流することができました。彼女はハイテンションでとても歓迎してくれました。グエンドリンさんも古着は大好きで、待ち合わせに着てきたコートは白のハラコのコート。サイズもぴったりだし、これはすごいなーって思いました。「そのコートいくらしたの??」と聞くと、「これはね~、高かったんだよね~。実は1300ユーロ(≒17万円)くらいしたんだ。でもね、このコートを見つけたとき、これは買わねばっ!!って思ったのよ」と。やっぱり気があうなぁと思いました。そしてそのコートは彼女にとても似合ってました。

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ベルリンに着いて街を歩くと、「ドイツは工業国なんだな~」と感じました。写真でもわかると思いますが、なんとなく堅いイメージです。もちろんソーセージもいたるとこで売ってるのですが、ベルリンでは首からコンロをさげながらソーセージを焼いてる移動式屋台(というのか?)を見ました。ソーセージを買う時は小さなパン(バターロール大)に切り込みが入ってて、それに挟んでくれます。ホットドックというよりは、ソーセージを持つためのパンです。ドイツのパンといえば、朝食などでよく出てきた「カイザー」という素朴なパンもおいしかったです。ある日、ソーセージを買おうと屋台をのぞいたらメニューは3つ。鉄板の上では赤と白のソーセージを焼いてて、食べたかったのは白。3つのメニューの中には「Currywurst(カリーヴルスト)」というのが見えたので、これは違うと思い、
「じゃあ、コレ(真ん中)ひとつください。」
と、感で注文してみたのですが、急に奥の冷蔵庫からハンバーグみたいなものを出して焼きだし、パンに挟んでマスタードソースをかけてくれて、「はい、○ユーロね」と…。白じゃなくてもまぁ赤でもいいやって思ってたんですが、まさかハンバーガーがでてくるとは。でもそれはそれでおいしかったです。食べ終わった後、失敗したそぶりを微塵も見せず、「つぎ、これください」と白いソーセージを指差して追加注文したんですが。。
ちなみに、カリーヴルストというのも一度食べたことがあります。ソーセージを機械に放り込んでぶつ切りにし、ケチャップにカレー粉を加えたものをドバッとかけて食べるものです。個人的にはあまり好みではなかったです。
ちなみに何故、屋台でこんな失敗をしたかというと、英語が通じなかったんです。
ドイツは全体的に英語が通じにくい印象があり、大変でした。

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自由ハンザ都市 ハンブルグ

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ドイツ(ハンブルグ)に着き、ベルリンに行く前に友人のグエンドリンさんに連絡をとったのですが、グエンドリンさんの話によると、彼氏がその数日前、仕事の用事でルクセンブルグに向かう途中に飛行機事故に巻き込まれたのです。この事故で乗員3名、乗客19名中20名が命を失ったのですが、彼は幸運にも命をとりとめ、ルクセンブルグの病院に入院中とのことでした。まさに不幸中の幸いだったのですが、この事件について、自分はグエンドリンさんに何もしてあげられませんでした。そんな忙しい時に自分の為にウィークリーマンションを探してくれたり色々もてなしてくれて、感謝の気持ちで胸がいっぱいでした。
後々聞いた話ですが、彼の病院には雑誌の取材が沢山きて、中には「本を出してみないか?」という話もあったそうです。彼は重症で精神的なショックも大きく、配慮の足りないマスコミにうんざりだったようです。

今思えば下調べが足りなかったのですが、ハンブルグはドイツ第2の都市。古着屋なども沢山あったかもしれません。いろんな都市をまわって思ったのですが、港湾都市として栄えてるところは交易が盛んな為か、面白いものが見つかる印象があります。
ハンブルグに限らず、もう一度ヘルシンキからパリに向かって同じルートで旅をしてみたいものです。

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ハンブルグへ

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コペンハーゲンでは最後に「人魚の像」を見て、ハンブルグに向かいました。ハンブルグは特に興味がある場所ではなかったんですが、目的のベルリンまでは少し遠かったので、ハンブルグに一泊することにしました。ベルリンにはパリの学校で友達になったグエンドリンさんが住んでます。彼女はグラフィックデザイナーで、とても不思議な感じの人でした。そして妙に気が合い、旅の話をしたら、「ベルリンにくるなら私がもてなすわ」と言ってくれたので、お世話になることになりました。
コペンハーゲン中央駅から電車に乗り、疲れてたので少し寝てしまったのですが、気がつくと、駅のような妙な場所に電車が停車し、乗客はどんどん降りていきます。なんとなく自分もついていくと、作業員風の人が「上にいきたいなら、ここをのぼれ」みたいなことを言うので、上に行ってみるとそこは食堂でした。ハンブルグはドイツ。ドイツといえばビールとソーセージと思ってたので、早速注文。フライドポテトの盛り合わせと、ソーセージとビールを持って席を探してると、なにか周りの様子がおかしいと思い、よく見ると外は海でした。コペンハーゲンーハンブルグ間は陸続きでないため、列車ごとフェリーの中に入り、フェリーで海を渡っていたのです。全然しらなかったので、すごく驚きました。
ちなみに、ドイツではソーセージを沢山食べましたが、白いソーセージばかり食べてました。ビールもソーセージも比較的安いです。ビールは他にもおいしいところは沢山あるのですが、ソーセージは断然ドイツです。
ハンブルグのユースに泊まり、とりあえずドイツに入国したということで、グエンドリンさんに連絡をとったのですが、グエンドリンさんの身近で大事件が起きてたのです…。
続きはまた明日にでも書きます。

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デンマークにて その4 チボリ公園

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チボリ公園はコペンハーゲンのわりと中心に近いところにあり、とてもかわいい遊園地です。岡山にもこれをイメージして作られた倉敷チボリ公園というのがあるようです。園内に入って感じたのは予想以上に年齢層が高いこと。とくにお年寄りのカップルが多かった気がします。日本ではあまり見ない光景でした。というか、遊園地自体あまり行かないので、よくわからないんですが…。

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屋台ではワッフル(ベルギーワッフル)やお菓子などが売られていました。

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ハートの実がなるなんて新鮮です。

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この写真の場所はちょっと記憶があやふやなんですが、たしか日本がどうのって説明を読んだ気がするんです。しかし、今ある手元のガイドブックには「中国塔」と書いてあります。「これはちょっと日本と違うような・・・」と思った記憶があるんですが。
そもそも外国から見た日本なんていいかげんなモノで、それは日本人の各国に対する一般的なイメージと現実とのギャップがあるのと同じです。フランス人はシャンソンやフレンチポップ?のようなイメージがあるのですが、実際フランスの若者の間で人気があるのはヒップホップだったり、「すし・てんぷら・ぎょうざ」といった、日本ではありえない組み合わせが看板に書かれた日本食レストランなどもフランスで見た気がします。わかりやすい(?)名前にしてるのか、日本食レストランの店名がちょっぴりアヤシイのも特徴ですね(例:Kabuki、Shogun、Susi Timeなど)。
そういうものを見つけるのも旅の楽しみのひとつです。

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消えた焼却炉

先日ブログに書いた、クリスチャニアの壁画ですが、去年見たときはこんな感じになってました。

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向かって左手にあった謎の焼却炉がなくなってます。
何があったんでしょうかね…。

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デンマークにて その3

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前回の続き

クリスチャニアを散々歩き回ったのに見つからなかった壁画、あきらめかけてた帰り道にようやく見つけました。上の写真がそうです。クリスチャニアの外周にあったのでなかなか見つけられませんでした。
この写真を撮った一年後にこの壁画をもう一度見にいったのですが、その時には一部色が塗り替えられていました。普段中に人が住んでるのかどうかもよくわかりませんが、向かって左手の焼却炉らしきモノもなんか気になります。

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ちなみに、コペンハーゲンのCDショップでこんなCDもみつけました。

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「CHRISTIANIA」 "1976"

デンマークを代表するアーティスト"Savage Rose"の曲も入ってました。Savage Rose大好きです。Savage Roseはデンマーク滞在中に見つけたアーティストで、60年代から活躍してたようです。Savage Roseはすごく気に入ったので、8枚組みBOXセットを購入し、デンマークを旅してる最中はずっと聴いてました。
デンマークのジャニスと評されたこともあり、ヴォーカルのアニセッテさんの声はとても魅力的です。

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デンマークへ その2

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コペンハーゲンに到着し、予約したユースホステルに入ったのですが、ヘルシンキ、ストックホルムと比べたらあまりよくなかったです。大体4~8人部屋を予約するんですが、コペンハーゲンで予約したユースは16人部屋。2~3日で慣れたのですが、最初はいびきと悪臭で眠れませんでした。何度も泊まるところを変えようと思ったのですが、ユースの立地がよかったのと、朝食がなかなかよかったので結局ここで1週間ほど滞在しました。
たまたま駅の近くのツーリストインフォメーションに立ち寄った時、旅行者向けのガイドブックがあったのでめくり読みしてると、ある一枚の写真が目に留まりました。それは壁画のようで、“Christiania(クリスチャニア)”という場所にあるということがわかりました。自分の持っていたガイドにはクリスチャニアのことは載っておらず、ホテルの人とかに聞いてなんとか場所を突き止めました。クリスチャニアとは、70年代にヒッピーが自由を求めて移り住んだ自治区だそうです。

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クリスチャニアについて、うまく説明できる自信がないのですが、とても不思議な空気の場所です。密教徒の村のような印象をうけました。「NO PHOTO」とかいた看板がいたるところにあり、マリファナなんかも売られてます。

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クリスチャニアは今ではコペンハーゲンの中でも有数の観光地となっています。
さんざんクリスチャニアの中を歩き回ったのですが、目的の壁画は見つからず、あきらめて帰ろうとしたその時!…次回へつづく。

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デンマークへ その1

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ストックホルムからデンマークのコペンハーゲンまでは普通に電車移動でした。ストックホルムを発つ日の気温はー3℃/-7℃。名古屋ではありえない寒さです。11月中旬でした。コペンハーゲンも北欧なので寒いですが、ストックホルムに比べ暖かく感じました。
ヨーロッパ諸国ではユーロが導入されてる国が多く、まわった国の中ではイギリスとスウェーデンとデンマークがユーロを導入してませんでした。ユーロ硬貨は表のデザインは同じですが、裏は各国によって違います。買い物しておつりが出た時はちょくちょくチェックして、コンプリートを目指したのですが、サンマリノ共和国、モナコ公国、バチカン市国の硬貨は手に入りませんでした。ルクセンブルグは偶然手に入ったのですが。
ユーロ硬貨のデザインはさておき、デンマークの硬貨のデザイン(写真左)はすごくかわいいんです。写真は5クローナ硬貨ですが、オーレ(1クローネ=100オーレ)のデザインもかわいいです。クローネにもオーレにもハートがついてます。ちなみに写真右はスウェーデン硬貨です。デンマーククローネのデザインが好きで、ついついいっぱい持って帰っちゃいます。そのうちの一枚は財布に入れてお守り代わりにして。

デンマークは行ってみてすごく気に入りました。
もしヨーロッパのどこかに移住するとしたらデンマークかなぁ。

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ピザの女王

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ヨーロッパではピザのおいしいとこは沢山あります。イタリアとデンマークにおいしいところが多かった印象があります。渡欧前は「無類のチーズ好き」と自分では思ってましたが、実際クセのあるチーズ(ブルーチーズや山羊のチーズ)が苦手で、思ったほどチーズ好きじゃなかったことを思い知らされました。意外とプロセスチーズとか好きだったりで味覚がまだオトナじゃないんでしょうか。ヨーロッパで食べたピザは日本と色々違うところがあります。日本のイタリアンレストランでよく見かける「薄焼きピザ」なるものをあまりイタリアでも見かけたことがありません。実際あったかもしれないのですが。向こうでピザを食べる時はよく「Regina(仏ではReinne)」というのを頼んでました。日本語で女王です。どんなピザかというと、かなりシンプルで、ロースハム(ベーコン)、トマトソース、きのこオリーブといったあたりの具材で作られたピザです。ピザは基本的にシンプルに生地とトマトソースとチーズの味を楽しみたい派なのですが、マルゲリータ(具材ナシ)はちょっとさみしいので、Reginaあたりが好みなんです。わりとちゃんとしたピッツェリアで注文すると、日本にありがちなマッシュルームの水煮みたいなキノコではなく、生のキノコを裂いた(スライスした)やつが乗ってます。大体注文してから自前のピザ焼き釜で焼いてくれて1000円弱のとこが多いです。
ヨーロッパにはおいしいピザ屋は多いですが、たっぷりオリーブオイルが使われてることが多いので、食べ過ぎの胸焼け注意です。

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ケバブとファラフェル

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ヨーロッパを旅してた時に何を食べたか日記に書いてたのですが、よく食べてたのは基本的にケバブ(仏ではグレック)やパンにハムとチーズとか、ピザとかでした。ヨーロッパでは一般的に普段外食することが少なく、外食といえば"おでかけ"のような意味合いが強いようです。そのためか、日本のように低価格でそれなりの味を提供してくれるところが少ないです。旅をしてる時はユースにキッチンがついてればいいのですが、ないときは安く済ませるならファーストフード的なものになってしまってました。

ちなみに写真はファラフェルです。ファラフェルとはひよこ豆のコロッケや様々な野菜をピタというアラブ風のパンに詰めた、ベジタリアンフードです。店によっては具は入れ放題だったり、好きなものを選べたりするのですが、自分はよく茄子のファラフェルを食べてました。ピクルスとかが苦手なので、好物のトマトばっかり盛り付けて(笑)たしか500~600円くらいだったと思います。

グレックやケバブもよく食べてたのですが、写真が一枚もありませんでした。こっちはパン(ピタが多い)に羊の肉の薄切りとたっぷりのフライドポテト、ほんの少しの野菜が入ってます。栄養バランスは悪そうです。日本ではあまり見ませんが、ヨーロッパにはいたるところにケバブスタンドがあります。アラブ風にショアルマなんて呼ぶところもあるようです。こちらも大体500~600円が多いです。

ちなみにマクドナルドは各国でメニューが微妙に違うんですが、大体セットで1000円弱と、日本に比べて高かったです。比較的物価の安い国では「マクドナルド?高いからあんまり行かないね」という若者が多かった気がします。

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スウェーデンへ その2

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ミカエルと出会ったのはストックホルムのユースホステルの受付。日本語で「そのサングラスかっこいいですね!」と彼が話しかけてきたのがきっかけだった。彼はストックホルムの大学で日本語を勉強してて、博多に1年留学してたらしい。留学してたころ、博多でできた日本人の友達に漢字で僕の名前を書いてくれ!と頼んだら、「美蛙」と書かれ、ミカエルはすごく気に入ったようだ。
ミカエルにはいろんなところを案内してもらいました。ある日、「きまま」と言う日本食屋へランチにでかけたのですが、そこで食べた「マグロ丼」がすごくおいしくて。づけマグロとキムチが和えた物がどんぶりになってて、貝の味噌汁付きで70SEK(約1100円)でした。マグロとキムチはかなり合うと思います。ちなみにミカエルはかなり日本語は堪能でしたが、「きまま」というのがどういう意味かわからなかったようでした。
ユースホステルでは、隣のベッドだったおじさんがとても親切にしてくれて、「これはうちで作ったりんごなんだ。よかったら食べてくれ。」とりんごをくれたり、いい人に沢山出会えたのですが、毎日のように雪が降ってて、とにかく寒かったです。気温+1℃/-6℃とか。

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スウェーデンへ その1

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ヘルシンキ(フィンランド)からストックホルム(スウェーデン)へはSILJA LINE(シリヤ ライン)VIKING LINE(ヴァイキング ライン)の超大型フェリーがでてるのですが、なんとなく大きそうだったシリヤ ラインを選びました。料金は4人部屋(2段ベッド×2)でひとり35ユーロ(約4500円)。夕方5時にヘルシンキを出て、翌朝9時にストックホルムに到着。移動+宿泊費で35ユーロは安い!
シリヤ ラインのリンク先を見たらわかると思うんですが、すごい豪華客船です。免税店、バー、カジノ、カフェ、レストラン、ダンスショー…13階の船内はまさに移動式デパート。しかもサウナまであります。部屋についてるシャワーはなんとなく使う気がおこらなかったので、6ユーロ(約800円)払ってサウナへ。しかし、この船すごく揺れるんです。激しい揺れの中、サウナに入ったのは初めてでした。レストランはちょっと高かったので、カフェでローストビーフサンドやらフルーツを食べて、寝ようと思ったんですがあまりに揺れがきつくて全然眠れませんでした。昔から乗り物酔いはほとんどないんですが、この船はさすがにキツかったです。ヘルシンキで知りあって、ストックホルムで再度合流したスイス人の話では、「まったく揺れを感じなかった」らしいので、運が悪かっただけかもしれません。

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ストックホルムに着き、ネットで予約したユースホステルへ。写真でも少しわかると思いますが、ストックホルムはかなり都会です。ちなみにこれ(写真)でたしか午後3時頃。ちょっと曇ると真っ暗です。冬なので、白夜の逆(つまり日照時間が短い)になるようです。
そして、ユースホステルで日本へ留学経験のある日本語堪能なミカエルと知り合う。
この続きはまた次回。

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フィンランドへ その2

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フィンランドに行った時、頼まれてたムーミンのフィギュアを探してるうちに、ムーミンの絵本の色使いに魅せられ、トーベ・ヤンソン(作者)に興味を持ち、当時たまたまヘルシンキで開催されてたエキスポ(トーベ・ヤンソン展)に行ってみました。ヘルシンキ郊外の森の中にあるとてもすてきな美術館で開催されてて、彼女の一生を通しての作品が展示されてました。スウェーデンの風刺雑誌「ガルム」の挿絵、そして戦争という混沌としたカオスの中からうまれたムーミントロール。パリに1年近くいながらもルーブル美術館にすらいったことがないほど美術館に興味がなかったはずなのに、この個展にはすごく感動しました。もちろん昨年(2004年)に日本で開催されたトーベ・ヤンソン展も観にいきました。トーベ・ヤンソンさんは写真でしかみたことないですが、とてもあたたかい感じの方だなぁと思いました。

トーベ・ヤンソン展の帰りにセウラサーリ野外博物館に寄ったんですが、ここは動物達がエサをもらい慣れてるのか、リス達が足をつたって、腰や手までのぼってきます。ガイドにも「パン屑を用意していけば、ハトやカモ、リスたちとすぐ友達になれる」と書いてあったが、まさにそのとおり。
りす嫌いじゃなければオススメです。

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フィンランドへ その1

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パリで生活して約半年、フランス語もそこそこ話せるようになり、パリ以外の他の都市を見てまわる旅を計画しました。最初は2週間ほどイタリアに行ったのですが、イタリアの話はまたいつか書こうと思います。
イタリアの後、パリからストックホルムへ飛行機で行き、そこから徐々に南下していくルートを考えてたのですが、ストックホルムを選んだ理由は自分の持ってる柄シャツの中に「TGL」というストックホルム製のが何枚かあったからです。しかし、パリの古着屋で「マリメッコ」のヴィンテージの布を見て、急遽フィンランド(ヘルシンキ)に進路変更しました。
フィンランドについてまず思ったのが街の人がとても親切。ホテル(ユース)に着くまでに2回も「お困りですか?」とたずねられた。そして救急車やパトカーの音が新鮮に聞こえた。
フィンランドに着いた時、16:30で気温+2℃。なんだか寒くて心が躍る感じ。
ユースの受付の人にスーパーマーケットの場所を聞き、とりあえず買いだしへ。この海外のスーパーってのがなかなか面白くて、各地のスーパーで食べ物とかを物色するのは楽しみの一つでした。しかし、失敗したことも何度かあります。よくあるのはミネラルウォーターの炭酸入りを買ってしまうミス。旅の途中に出会った日本人も大体ひとり一回は間違えてました。中には炭酸入りを買ってしまい、ひたすら振って炭酸飛ばして飲もうとしたが、無理だったって人もいました。あれの見分け方は、スーパーで容器を押してみることです。すぐ凹むようだったらOK。圧力がかかるようだったら炭酸入りの可能性大です。どうもフランスでもぺリエ(炭酸水)は好きになれなかったんですよね…。
しかし、フィンランドでのミスはミネラルウォーターではありませんでした。異常に寒かったので、とりあえず風邪をひいてはまずいと思い、果物と一緒にビタミン剤(タブレット)を購入。公園でパンと牛乳とバナナを食べ、ハイレモン見たいなビタミン剤を口に入れたら、違和感が・・・・・!!どうやらビタミン剤は水に溶かして飲むタイプだったようで、口の中で泡があふれ出し、仕方なく手に持ってた牛乳で流し込みました。とりあえず、公園の暗いベンチでひとりで食べてたので、誰にも見られてなかったと思います…。
スーパーで現地の言葉が読めないと、商品の説明も読めないので大変です。

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部屋を借りる

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渡仏して1ヶ月の間に部屋を探さなければならなくて、渡仏当時は右も左もわからない状態だったので、日系の不動産屋で物件を探しました。何軒かまわり、一番気に入ったのがココ。パリの11区、メトロ(地下鉄)は5番線Richard Lenoir、8番線St.Sebastien Froissart、9番線St.Ambroiseの3つも近い駅があり、マレ地区(4区)やバスティーユにも歩いていけて、立地は最高でした。ちなみに家賃は630ユーロ(当時のレートで74000円ぐらい)です。住んでみて思ったんですが、まず浴槽があるのに湯をためることができない。浴槽はいつも手洗い洗濯の場となってました…。そして暖房が少々壊れ気味。配線を無理に直そうとして、感電したことがあります。。そして下の住人が異常に神経質。なんどももめました。
フランスでは日本人の若者(♂)のような髪型はほとんど見られず、基本的に短髪か結ぶほど長い長髪。髪を染めてる男性もほとんどいません。中途半端な耳の隠れる長さは女性的に見られたのか、よく近所の子供達に「マダム?ムッシュー?マダム?」とからかわれたりもしました。
色々大変だったんですが、一番困ったのは大家さんがいい加減すぎて、未だに敷金15万円ほどを返してもらってないことです…。あぁ、本当に腹立たしい。

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Les inconnus

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フランス語を勉強する時に、よくDVDで映画などみたりしてたんですが、その中でも一番よく見たのがLes inconnus(レ・ザンコニュ)の「Les trois freres」です。Les inconnusというのはコメディアン(3人組)で、仏語で“知られざる人”という意味です。実際はすごく有名らしいです。
とにかく笑いがツボでした。面白いと何度も見れるんですよね。映画だけでなく、コント集まで買ってしまいました(全部仏語)。
フランス語勉強してる人、または話せる人、おすすめです!
また、知ってる方いましたら、ご一報を!

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イタリア人の友達

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イタリア人といえば、フランチェスコという友達がいました。彼はいつもサングラスをかけてて、
「どうだい、このサングラス。最高にイケてるだろ?」
みたいなことを言ってたんですが、語学学校の先生からは
「あのサングラス、まさに典型的なツーリストだ」
なんて言われてました。そのフランチェスコに「俺、イタリアの歌知ってるぜ!」といって、中学で暗唱させられた“帰れソレントへ”を歌ったら、「俺も日本のアニメ知ってるぜ。ケンシロウ!ケンシロウ!」と言ってました。どうやらイタリアで北斗の拳が流行ってたようです。その後、日本人のケンはケンシロウと呼ばれてました。
フランチェスコは男前だったので、日本人の女の子にモテモテでした。フランチェスコと、もう一人の男前アルベルト(スペイン人)と飲みに行くことになった日には知らないうちに日本人の女の子が10人近くになってたくらいです。しかし、フランチェスコは金髪に青い瞳が好みだったようで、日本人の女の子にはあまり興味はなさそうでした。その晩も一番長く話してたのは自分だった気がします。そして翌日から彼は
「Allo, mon ami (やぁ、親友)!」
と呼んでくれるようになってた。授業では隣に座って「タカヒロ!」と呼ぶので隣を見ると、フランチェスコがニヤニヤして自分のノートを見せてきました。そのノートには

「愛してる」

と。え!?俺のこと?愛してるって何??どういう意味!?ちなみにフランス語では彼氏・彼女のことも、親しい友達のことも「mon-ami」と言います。一緒に飲みに言ってた日本人の女の子も「あー、フランチェスコは飲んでるときもタカヒロ!タカヒロ!」ってずっといってたからなぁなんて言いだし、実際どうなんだろうとちょっとどきどきしてたんですが、フランチェスコはやっぱり女の子が好きなようでした。エッフェル塔に行ったときは、待ち合わせ場所で先に待ってたフランチェスコが「なぁ、タカヒロ、こいつら(スペイン人4人)俺のことゲイだっていうんだぜ?」と言ってきたので、どうやら外人から見てもそう見えるようです。
結局最後の夜にみんなで飲みに行ったとき、3次会あたりで金髪の女の子と消えてしまったので挨拶も出来ずお別れだったのが心残りです。
ちなみにヨーロッパ滞在中に男にナンパされたのは3回ほどありました…。

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デンマークにて

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“the smallest cafe with the greatest coffee”

なんかかわいらしいカフェだったので、写真にとりました。

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画家に注意!

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パリに滞在してた頃、フランス語を勉強するのに必死であまり観光スポットのようなところは行きませんでした。今、旅行でパリに行ったとしたら美術館とか色々まわってみたいなと思うんですが、当時は興味も余裕もありませんでした。しかしある日、語学学校のスイス人のクラスメートと“モンマルトルの丘”に行くことになった。日本から持ってきたガイドブックには「勝手に似顔絵を描かれて、料金を請求してくる画家が沢山いるので注意!」みたいなことが書いてあったのを思い出し、胡散臭いのには兎に角関わらないでおこうと思った。モンマルトルを歩いてると、確かに胡散臭いのが沢山いる!その画家らしき中の一人が
「中田さん!中田さん、タダ!」
と言ってきた。
中田さん…当時、イタリアのペルージャで中田が活躍してた。日本人といえば中田。日本人は相手の名を呼ぶとき、さん付けすると知ってたのだろう。しかし、なんかつかい方が間違ってる…。
観光地はモンマルトルに限らず、胡散臭い商売人がいっぱいです。

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pain au chocolat

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3年半ほど前、初めて海外にいきました。英語もあまり喋れず、しかも降り立ったのはフランス。もちろんフランス語も全く話せません。フランス行きを決めたときから独学で仏語は勉強してたのですが、せいぜい数が数えれるくらい。シャルル・ド・ゴール空港に早朝6時に着き、1ヶ月間お世話になる予定のホストファミリー宅には「お昼前くらいには着く」と言ってあったので、どう考えても早すぎる。そこで空港内のカフェに入ることにしました。これからフランスで生きていくからには、フランス語に慣れねばと思い、カフェの店員にフランス語で注文することにしました。クロワッサンのようなパイ生地にチョコの入った「Pain au chocolat (パン・オ・ショコラ)」とエスプレッソを頼むことに。
「Un cafe et un pain au chocolat S.V.P!(エスプレッソとパン・オ・ショコラください)」
すると、店員は無言でエスプレッソとココアを差し出してきた。あれ?ココアなんて頼んでないぞ?何がいけなかったんだろ??どうやら後で調べたらパン・オ・ショコラとショコラ・ショー(ココア)を聞き違ったんじゃないかと。大体、一人で来てるのに飲み物二つ頼むなんておかしいと思わないのか!?と思いつつも、初の海外ということもあり弱気になってたので「これじゃない!」とも言えず、パン・オ・ショコラをあきらめ、発音が通じやすそうな「クロワッサン」を再度注文し、エスプレッソとココアを飲みながら食べました。。
パン・オ・ショコラ食べたかったのになぁ・・・。

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